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あやこ3

Author:あやこ3
 
ノーテンキな夫と二人暮らし。
独立した子供3人あり。


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とんだことで、ごめんなさい!


 夕食時に夫が、そういえば・・・と思い出したように言った。
「そうそう、梅バァちゃんが亡くなって、今日お通夜だって・・・」と。
外出先で偶然、小耳に挟んだ情報だと言う。
えーっ!梅バァちゃんとはご近所に住んでて、よく一人でフラフラ散歩してる、おばぁちゃん。

 私が自宅の庭仕事をしていると、通りすがりに話しかけられ、よく立ち話をしていた。
花のことだったり、家族のことだったり、本当にたわいのないことだけ話していた。
私がお嫁に来てから、ずっとそんな関係だった。

 ここへ来た当時、さすがに周りは知らない人ばかり。
で、そんな中、気楽に話かけてくれた梅バァチャン。
当時はホッと出来る、唯一ありがたい存在だった。
もう90は、ゆうに超えていると思う。
・・・・・そう言えば最近見ない。

 昔の事を色々考えてたら、なんだか急にお別れがしたくなってきた。
唐突に私は言った「今からお通夜に行きたい!」
夫も賛成する。
二人で晩御飯もそこそこにし、あわてて黒っぽい服に着替えた。
香典も準備し、いざ、出陣だ!

 5分ほどで、聞いていた会場に着く。
さりげに、亡くなった方の名前の看板を見た夫が言った。
「あれ?こんな名前だっけ?」
私もちらっと見て、苗字は梅本だから間違いない。
けど、名前は、正直聞いたことないから知らない。

 まっ、とにかくもう時間が遅い、当然、式真っ最中である。
あわてて誰もいない受付で記名。
背後からぬっと出てきた係りらしい人に、香典と一緒に渡した。
そーっと最後列に、二人で座った。

 ふと、遺影を見ると、なんか私の知ってる梅バァチャンじゃない。
入院か何かしていて、亡くなる直前に顔つきが変わったのかなぁ?
・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?。

 しばらくして、隣の夫にささやいた「ねぇ、顔が違わない?」
夫も、ずっと同じことを考えていたと言う。
あたりを見渡し、参列者の中で知ってる顔をみつけ、夫はそばへ近づき聞きに行った。

 すごい勢いで私のところへ戻って来た!
なんと、このお通夜は梅ばぁちゃんのではない!
あの遺影はやっぱり別人!
あわてて、小声で夫と今後の対策を協議。
結果、恥をさらすが、今までの一連の行動を白紙に戻すことにした。

 すぐに先ほどの受付の人を手招きして神妙に訳を話し、記名した紙と香典を返して貰い、
申し訳なさを身体全体で表しながら、そそくさと会場を後にした。
おそらく今頃、私達は物笑いの種だろう。
どうやら、亡くなったのは梅バァチャンの遠い親戚らしい・・・。
もちろん私達とは、お互い全く知らない者同志。

 車に乗った途端、自分たちの間抜けさ加減に夫婦でうなだれる。

 その何日か後、ディサービスの車に乗っている梅バァチャン発見。
何とも申し訳ないような複雑な思いであった。




2014のお花見

岐阜県池田町  霞間ケ渓

 風があったし、小雨も時々ばらつき、なのに太陽がたまに顔を出す、というヘンな天気だった。
でも、桜は満開。
今日行かないでどうする?!

 ・・・・で、行って良かった!
 
                    2014.4.6 岐阜池田町霞間ケ渓の桜



『沈黙』の舞台とコルベ神父の足跡を訪ねて


 20年、いやもっと前かもしれない。
『沈黙』遠藤周作著を読んだのは・・・。
あれから漠然と、その舞台の長崎へいつか行ってみよう!と思っていた。

 それから何年かしてからだ、コルベ神父のことを知ったのは・・・。
何かの本だったと思う。
第二次世界大戦中にナチスに捕まった、ポーランド人のコルベ神父。
アウシュビッツと言う強制収容所に送られた。

 そこは、どうしてここまで人間は残酷になれるのだろうと思う位、捕らえた人を残虐に扱った場所である。
人間が動物以下、虫けらのようにされ、おびただしい数の人々が亡くなったところだ。
その状態の中で、ナチスの非常さと全く相反する人間性を見せて下さったのがコルベ神父だ。
人の最も崇高な精神を示された神父である。


 アウシュビッツ内では10人ひとグループで強制重労働をさせていた。
・・・ある日、一人の脱走者が出た。
ナチスは連帯責任を命じた。
残り9名に餓死室行きを命じた。

 そこは裸で牢獄に放り込まれ、文字通り水も食料も与えられず、ただ死を待つだけの部屋。
すぐさまその9名の内の一人の男が悲痛な声で嘆いた。
「わーぁ、俺は、もう妻や子供と会えないのか!」
 
 その時だ。
グループとは全く無関係な、大勢の中から一人の男が前へ進み出た。
そして、こう言った。
「私は神父です。なので妻も子供もいません、私がその人の身代わりになります。」
コルベ神父である。
こうして彼は、自ら身代わりになり餓死室で17日間苦しんで亡くなった。


 ・・・・・・・ずっと心の隅にコルベ神父のことがあった。
それから何年か後に知った。
なんと、そのコルベ神父が、戦前に長崎で布教活動をしていた時代があった、と。
これはもう絶対、いつか長崎に行ったらその足跡を訪ねたい!と思っていた。
今回やっと縁あっていく事が出来た。



 様々な思いを飲み込むように
長崎の外海の海は、大きく深い深い青をしていた。



2014.1.14
 セントレア(7:14)→長崎空港(9:30)→雲仙へ→旅館にレンタカーを置いて雲仙地獄を散歩→旅館(17:30)
 
     1.15
 チェックアウト(9:00)→平戸ザビエル記念館(11:40)→外海→遠藤周作文学記念館(14:50)→長崎中華街→ホテル(19:00)→稲佐山、夜景(17:10)→ホテル(20:00)

     1.16
 チェックアウト(8:15)→外海→長崎大浦天主堂、コルベ記念館、寄留地、聖母の騎士修道会、コルベ神父記念館、浦上天主堂→長崎空港(17:00)→セントレア(21:30)
 

母を連れて温泉へ


 先週、信州白骨温泉へ行った。
今年の冬に行った時、白濁色の温泉がとても素晴らしく、肌がツルツルになったし何より、硫黄の匂いがこれぞ温泉!と思えたのが良かった。
おまけに雪が積もっていて、雪景色を見ながらの露天風呂は、本当に至福のときであった。

 今回はぜひ、その温泉に母をと誘ったのだ。
いつも通り、ひと声かけると「行く行く!」と大乗り気であった。
道中、紅葉が素晴らしかったのは予想外で、感嘆の連続であった。

 白骨温泉は昔、いわさきちひろの自伝を読んでいて、彼女が小さい頃・・・戦前である。
よく家族で療養に行った、との箇所があり、ずっと気になっていた。
で、今年の冬、やっと念願かない、行けた。

 ビックリしたのは、未だにひなびた雰囲気の温泉街で、静かで落ち着いた所だったことだ。
ひと目で気に入り、今回リピーターとなった。
母もいたく気に入り、御満悦であった。

 帰りに寄った高遠の紅葉もちょうど見頃で、のんびり歩いて美しさに浸れた。
彩の秋を満喫した一日であった。

母の意外な好みにビックリ!



 この前、実家へ久しぶりに行った。
母と話していると、直ぐに同居している弟夫婦へのグチになる。
よって、その類の話が出始めると用事を思い出したフリして直ぐ帰る。
なので私の実家在宅時間はグチが出る時間とリンクしている。
だいたい30分くらいだ(笑)

 が、今日は違った。
なんでそんな話になったのかは思い出せないが、なんと母は小田和正のファンだとのこと。
えーッ!!!!!!。
母と小田和正。
どう考えても、思いつかない組み合わせである。

 何でも最近のTV番組のバカバカしさにあきれて、もっぱらラジオをきいているそうだ。
で、ラジオから偶然流れてきたのが小田和正の歌!
声がとっても澄んでて綺麗、とウットリ言う。
それに止まらず小田和正のCDを捜しに、最近、ショッピングセンター内をウロウロしたとの事。
が、見つからなかった、とガッカリもしている。

 私がビックリして、まくし立てた。
私はずっと昔から小田和正が好きで、CDも何枚も持ってるしコンサートも何度も行っている、と。
母もそれにビックリしている。
いったい、私達親子は今まで何の話をしていたのか・・・・。
親子でも全く知らない事がある前例である。


 ちょうど、私の車に1枚CDがのっていたので帰り際、手渡すと大喜びだ。
また、母に小田和正のCDでも買って来て上げようと思った。
しかしながら、同じ人の声が好き!だなんて、やっぱりDNAの力は、すごい!


憧れの8020表彰


 久しぶりに中学時代の仲良しトリオで集まった。
ビックリしたのはミーコの、今年80になるお母さん。
なんと自分の歯が未だに20本以上あるそうだ。
最近、市だか県だかに表彰されたと言う。

 傑作だったのは、その時のお母さんのコメント。
インタビュアーのオッサンが尋ねた「そのお年になられても、それだけ素晴らしい歯なのは何かワケがあるんでしょうか?」
お母さん、すかさず答えた。
「歯を磨かない事です!」
ガビーンとは言わなかったが、おそらくそんな表情になったと思うインタビュアーのオッサン。

 ミーコよるとそれは事実だそうだ。
彼女が小さい頃から、お母さんはずっと、指に塩を付けて歯茎から歯からマッサージしていたとのこと。
なるほど・・・確かに昔(45年位前かな?)は練り歯磨きがなかった。
私が小さい頃はたしか、赤い箱の粉状の歯磨き粉が記憶に残っている。

 だが、ミーコ自身はお母さんのやり方で躾けられなかったか不思議に思って聞くと、子供にはちゃんと歯ブラシと練り歯磨きで磨いた方が良いと、普通にさせられたそうだ。
が、皮肉なことにミーコはすでに50代半ばでない歯もあり、インプラントのオンパレーだ。
かたや『指に塩』の、お母さんは80歳で殆どの歯が自前である。
・・・・・・・・。
でも、何かで読んだ、人間の歯の寿命はだいたい50年位だとか。
永久歯から数えると50代半ばで本当は終わりだ。
そう考えると、やはりお母さんの歯は脅威の質の良さである。
塩磨き!気になってしまう手入れ方法である。


 私自身は歯の表面の汚れが目立ったら、重曹でこすっている。
すると重曹の研磨効果で、汚れが落ちる。
普段は何も付けなく水だけで磨いている。
練り歯磨きも添加物だらけなので、あまり口に入れたくないのだ。
ただ、スーッとするので、朝だけ気分をシャキッとしたいので、ほんの少々つける。
朝昼晩、と3回磨いているが、やはり歯医者と縁が切れない。
ミーコのお母さんが羨ましいことこの上ない。



バスタオルは使わない

 
 以前、一緒に仕事した、看護師の奈津美さんから聞いた話。
「ウチね、お風呂上りにバスタオルは使わないんだわ。
旦那と結婚した時、ビックリしたのはお風呂上りに普通のタオル(フェスタオル)で身体拭いてて、『そんなちっちゃいので拭けるんかい?』と思ったけど、自分も真似したら結構拭けた。
・・・・・それにバスタオルって大きいから、洗ったり干したり大変。
よくよく考えたら、小さいのを毎日、気楽に洗いたてを使った方がいいなぁって、それから!」

 それを聞いて自分もなるほどねぇ・・・・確かにバスタオルって名前に惑わされない方がいいか、と思った。
で、実際その日の夜、お風呂上がりに試した。
本当だ!
やっぱり、小さいので充分。

 そんなワケで、その日から我が家も、お風呂上りは毎日洗いたての小さいタオルである。



雪の兼六園


 当日の金沢の天気予報は雪。
それなら兼六園の雪吊りも、ついでに観に行こう!
と楽しみに金沢へ向かった。

 金沢は長男が住んでいる街だ。
就職し研修後、配属されたのが金沢支社。
もう6年目だ。
私達夫婦は過去に、何度か息子の様子を探りに金沢を訪ねている。

 2年前にはめでたく結婚し、今は若夫婦2人で住んでいる。
長男が一人の時は、食材や寝袋持参で彼のアパートに泊まった。
が、お嫁さんが居るとなると、さすがにそんなワケにはいかず、食事は皆で外食し泊まりは近くのホテルで済ませた。

 今回、4月に彼等の初の赤ちゃんが産まれる予定なので、嫁への激励に、夫と出かけた。
嫁のお腹はもう、あっという間に9ヶ月。
大きなお腹が重たそうだ。

 夕食は4人で、長男行きつけの割烹のお店。
仕事関係でよく使うと言う。
ブリ大根やら、魚(←種類忘れた!)のたたきやサバの海苔巻きは、本当に新鮮で美味しかった。
ただし4人とも、お酒は飲まないので、お茶で乾杯である。
お店の大将には申し訳なかったけど、まぁ料理の数で許して貰おう。

 ビックリしたのは若夫婦、身体の事を考えて朝食を和食にしているとの事。
我が家の毎朝のメニューと同じだそうだ。

 そういえば、ウチに泊まったとき、1回だけ作り方を二人で見ていた。
食は毎日の身体を作る、などウンチクも、たぶん私から聞かされたと思う。
季節の野菜(根菜中心)のお味噌汁、青菜のお浸し、ジャコ、納豆、果物などをちゃんと毎朝食べているらしい。

 もっとビックリしたのは、平日は長男が出勤前に朝食を作り、嫁は休みの土日が担当とか・・・。
彼女は3ヶ月ほど前から専業主婦である。
あらららら・・・と一瞬思ったが、まぁ、息子と言えども他人のウチだ。
二人が承知していれば、それで良いのではないか。
夫も同じ思いが過ぎったようで「お兄ちゃんは優しいからなぁ・・・」って。
ごもっとも。

 大体、人間、男だろうが女だろうが基本的に、生活力が大事だ。
中でも食は、健康と直結しているので、疎かにしてはいけない。
奥さんが居るのに朝食を出勤前に自分で作るなんて頼もしいではないか!


 2時間ほど話が弾み、帰りにカフェでコーヒー飲んで、じゃぁ身体大事にねってホテルまで送って貰った。
二人仲良く車の中から手を振って、雪の中、走り去った。
どんな形にせよ仲が良いのが一番。
何かの本に書いてあった、最強の子育ての環境は夫婦仲が良い事だと。


 次の日も金沢は雪。
約束どおり兼六園に向かった。
小雪がチラチラ舞ってとても寒かった。
それでも、やっぱり来て良かった。

 墨絵のような幻想的な風景だ。
辺りは靄がうっすらかかり、本来なら庭向こうのビル郡がみえるのに丁度隠れている。
江戸時代に当時の人は、こんな景色を見ていたんだと思ったら感激だ。
美しい雪の兼六園。
池の表面も凍っているので、降った雪が暫らく水面に留まっている。
静寂の中、暫らく動けないでいた。

 
                 雪の兼六園
                     
                        雪の兼六園





食卓に春が来た!


今夜の晩ご飯
親子丼、根菜のお味噌汁、食後の果物は苺「とちおとめ」。
そして副菜ジャーン!『菜の花の辛し和え』
サクサク歯ごたえがあって、ほろ苦く、茹でると鮮やかな緑になる。
菜の花が市場に出ると、さぁー春がもうすぐ来るナァーって思う。

                 2013.2.7 初菜の花辛し和え

久しぶりに映画♪


 先週、邦画 『東京家族』 を、観に行った。
去年、高倉健主演の 『〇#$Л△?(・・・・・・題名思い出せず)←最近こういう事が増えた!』 以来だ。
その映画同様、地味だけど観賞後、しみじみ「いい映画だったなぁー」って思える。

 邦画は、こういう人の平凡な日常を通しての、微妙な心理を映像にする事が得意だ。
だから、好きだ。

 でも今月、夫の好きな洋画 『ダイハード5』 が封切られる。
雨の休日、観に行こうと思う。
それはそれで楽しみである。


2013新春初旅行『瀬戸内海の旅』


1月7日(月)
自宅7:50→大津SA9:35→岡山吉備SA12:05→尾道 ホテル着13:55→尾道散策 千光寺山ロープワェイ14:55~17:00→ホテルレストラン18:00
1月8日(火)
ホテル9:00→フェりー→向島→しまなみ海道→今治12:00→生来島海峡SA12:45→高見山山頂15:00→ホテル17:00→尾道散策
1月9日(水)
ホテル9:00→後山展望台→鞆の浦散策10:45~13:15→御在所SA18:15→自宅

行き先と目的
   1瀬戸内海の島々の風景
   2古い町並み(尾道と鞆の浦)の散策
   3今治タオル本店 以前TVで過去の国産タオルの衰退に、今治タオルが品質で勝負を掛け、今や世界中の    一流ホテルからも注文がある、という奮闘記が面白かったので、ついでに寄って見る。



 知らない街や知らない風景を見てみたい。
特に未踏破の土地に大きな魅力を感じる。
今回も新しい年を迎えるに当たって、「今年も頑張るゾー!」と景気付けのつもりで考えた旅行。
2ヶ月前程から楽しみに計画を立てた。

候補地は、何となくその時々で心に引っ掛かったところである。
以前、次男が九州旅行の帰り道に寄った尾道がとても雰囲気の良い街だった、とのセリフが永い事引っ掛かっていた。
TVで見た瀬戸内海の島々が浮かぶ海岸も見てみたかった。
で、行き先は『尾道』決定!
図書館でガイドブックを借りてきたり、ネットで検索したりと旅行日程を楽しみに比較検討。


 ・・・・・・・しかし私達夫婦は、よほどのんきそうに見えるのか暇人にみえるのか、またもや尾道の千光寺ロープワェイの上がった展望台で地元の知らないオッサンに話しかけられた。
ついつい話込んで、何と2時間もその行きずりのオッサンと3人ですごした。

 オッサン定年して2年。
毎日この展望台に散歩に来ているそうだ。

 なにしろ、そのオッサン尾道の歴史に詳しく、江戸時代の尾道の成り立ちの様子から、戦争中なぜ尾道が米軍に攻 撃されなかったか?とか、こちらの興味を引く話を次々してくれ、気が付くと日が暮れ、夕陽が登場していたのだ。
瀬戸内海に沈む夕陽はそれはそれは美しかった。
海に反射して光がキラキラしている。
ずっと、オッサンの話を聞いていたが、ひとまず3人夕陽に見とれる。
そうこうしているうちに凄まじく寒くなって来たので、やっと御礼を言って分かれた。

 その帰り、尾道の細い坂の路地を歩いていると、今度は外国人の青年に話しかけられた。
訪ねてきたカフェが、締まっていて張り紙してあるとの事。
日本語、読めないので読んで欲しいとのお願いであった。
リクエストにお答えして、目の前に佇む、古民家カフェの張り紙を読んだ。
なんと、その日は臨時休業とあり。
ガッカリする彼と少し自己紹介がてら話す。

 彼はフランス人であると言う。
早速、私達は喜んで2年前にフランスのパリを旅行した事やパリの街の美しかった事を伝えた。
だが、彼は日本の方が好きだし美しいと言う。
今、近くの民宿でアルバイトしながら日本に居るとの事。
西洋人独特の白くて彫りの深い端正な顔で「じゃ、バイバイ」って自転車をこいで行っちゃった。
私達は、またのんびり尾道の街並みを眺めながらホテルへ帰った。

 2日目は本州と四国の間にある小島を幾つか橋で結び渡る事が出来る『しまなみ海道』をドライブした。
途中にあるPA一つずつ休憩して景色を堪能。
瀬戸内海独特の島が浮かぶ景色が、のどかでゆったりした気分になれる。
お昼ごはんに食べた『タコ飯』があっさり美味しかった。

 だが、その夜とんでもない事に遭遇した。
なんと真夜中の2時に火災報知器が、どこかで、かすかに鳴っている。
夫がソレに気付いて直ぐに私を起こした。

まずは現状確認。
廊下に出ても誰も居ないし、騒いでいる様子もない。
ホテルは5階建てで私達が居るのは4階。
ともかくこの階ではなさそう。

 ひとまず、落ち着いて、フロントに確認の電話を入れる。
フロントも今、気が付いた様子で、鳴っているのが5階なので今から確認に行くとのこと。
私達は万が一を考え、寝巻きを着替えて貴重品を持ち、非難することにした。
尾道で火災事故で死亡なんて、オイオイッ、カンベン!と思いながら素早く着替える。

 階段の扉を開け下へ降りようとしたところ、近所の交番のお巡りさんも下から登って来た。
外から、そのホテルの赤色灯が回転していたので見に来たとのこと。
暫らく階段の踊り場で様子を伺っていたが、特に何も聞えなかったし状況も変化なかった。
おそらく誰かが、いたずらか間違えてか火災報知器を押してしまったんだ、と思った。
シーンとした状況がそれを物語っている。
バカバカしいので部屋に戻る事にした。

 翌朝、昨日と変わらない平穏な朝が来た。
ホテルのレストランに行ったら、スタッフにさっそく夜中の火災報知器の件を謝られた。
お腹が空いていたのでワケは聞かず、ハイハイと答えて席に着いた。
ともかく何もなくて良かった。
しかし、5階で鳴ってる火災報知器によくぞ夫が気が付いたモンだ。
起こされて言われて、そーっと耳を澄ましてやっと聞えたのに、寝ててなんで分ったんだろう????

 いやはや、旅はいろいろ。
人生いろいろ、今回も3日間だったが楽しい人生の旅の一こまであった。

         13-01-07_004千光寺山
            千光寺山からの夕陽

本日のランチ♪


 最近、息子が一人暮らしになった為、夫婦二人になった。
食事の材料が少しで済むので冷蔵庫の中を覗いて、あるもので結構間に合う。
これが、4,5人分だと新たに食材を買い足さないと中々満足な出来映えではない。
2人分だから、ピーマン半分、椎茸1個でもなんとか使えるのだ。

 もちろん、健康な身体は日々の食べ物が基本なので、おろそかにはしたくない。
なので、極力手間は惜しまず、手作りで添加物を少なくし、野菜をたっぷりのヘルシー料理を心がけたい。
今日は昨日の残りご飯をアレンジ。
久々にチャーハン。
あと、ブロッコリーのサラダとクリームコーンの缶詰が半分残っていたので中華スープ。

材料
☆チャーハン 
残りご飯、卵、人参(少しの湯で茹でておく。そのゆで汁は人参の栄養が流れ出ているので中華スープに使用)玉葱、ピーマン、椎茸、ちくわ、ウインナーソーセージ、
とにかく、入れられる野菜で合いそうなのはみんな同じ大きさに切っていれてしまう。
朝食や夕食の食材と、かぶりそうなのは無理していれない。
トッピングに青のり、紅生姜

☆中華スープ
クリームコーン、卵、中華スープの素、とろみに片栗粉

☆サラダ
ブロッコリー(朝食にホウレン草のお浸しを作ったので、ついでに先にブロッコリーを茹でた。そうしておくと何にでも使える)ミカン(ブロッコリーの緑を綺麗に見せる為、横に添えた)


                GetAttachment  2012・12・19

『寛大』っていいなぁ!


 人の良点を表す特徴はいろいろある。
親切、優しい、賢い、穏やか、律儀・・・・。
最近、最も憧れるのは『寛大』だ。
すごく人らしい気がするからだ。
顔を真っ赤にして感情的に人を責めているのは何だか動物的な気がする。

 だいたい、私は自分の事は棚に上げっぱなしで、人の事は赦せないことが多い。
もちろん、だいぶ大人になったので、あからさまに他人を責めない。
また怒っているそぶりも見せない。

 でも内心、責めている。

 先月、暫らくご無沙汰だった友達と久しぶりにお茶した。
彼女とは子供が保育園だった頃、一緒に役員をやった。
なので、かれこれ20年くらいの付き合いである。

 彼女、少し前に自分の息子である25歳になる次男と、80歳位のお姑さんを連れて1泊で温泉にいったそうだ。
電車で行ったという。
で、目的地周辺の駅に到着。
3人で降りた。
暫らくして、ふと気が付いた彼女。
なんと旅行バックを電車の網棚に置き忘れてしまったのだ。

 もう頭がパニックになった。
何より一緒に行った次男にひどく怒られる、と思った。
で、おそる、おそる言った。
「電車にバック忘れた・・・・・」

 すると次男、表情を変えずに、ひとこと「よくあること・・・・」
で、直ぐに彼は携帯で最寄の駅を検索。
続けて捜し出した駅に電話し、事情を話して連絡をくれるようお願いした。

 その様子を見て、たいそう彼女は反省したそうな。
何しろ逆の立場だったら、絶対彼女は凄まじい勢いで次男を罵倒し叱っていたと言う。
実際、過去に次男含め子供が失敗したら、いつもそうして来た。
これでもかって言うくらいに、いつも失敗したら叱って育ててきたそうだ。
なのに、大人になったあの子は今、全く私を責めないどころか直ぐに親の尻拭いをしてくれている。

 聞いてる私のほうが泣けてきそうだった・・・・・・。
・・・・・・人の失敗や過失を責めないなんて感動的でもある。

 彼女は昔から、よく私の子育ての仕方に感心していた。
上手に子供育ててるねぇ、とも言っていた。
でも、今は私が彼女に言いたい。
「上手に育てたねぇ」


 

カーテンを洗う

 なんだか、おかしいけど今頃の季節になると
家中のカーテンを洗いたくなる。
1年に1回くらいカーテンを洗って、ついでにレールも拭こうと思う。

 不思議だけど、秋に、その気になる。
気候が良いから洗濯したくなるのかな?
で、先々週から休日の度に1窓づつ外して洗っている。
1窓というのは干す場所が、それだけしかないからだ。
1窓といってもレースのカーテンもあるから、1回4枚である。

 今日は寝室の窓の番。
洗い方。
洗濯機に洗剤液を作って30分つけておく。
すると汚れが浮き上がって、洗濯液が黒ずむ。
その後、ソフト水流で洗って脱水。

 もう一回洗濯液を作って2度目、また洗う。
その時、酸素系の漂白剤も入れる。
やっぱりソフト水流ですすぐ。
1分ほど脱水。
で、干す。

 3時ごろ取り込みレールにぶら下げる。
フックのところが、まだ湿っているけど気にしない。
 
 夜、湯たんぽの湯を入れ替えようと取りに部屋に入った。
部屋の空気が変わったのが分った。
クセのない、さっぱり清らかな部屋の匂い。





部屋の模様替え


 築31年の我が家。
結婚と同時に出来上がり、住み出した。
スタートは木造平屋の2DK。
共働きの二人には、掃除など手入れも含めて丁度良い広さだった。
子供達が小さい頃には家事をしていて、どこに居ても遊んでいる子供達の気配が分るのが良かった。 

 それでも子供達が大きくなるうちに、それぞれ個室が欲しかろうと2階を増築。
結婚して12年後には一挙に5DKとなる。
その後、キッチン、玄関を広くして、お風呂場の浴槽もステンレスから人工大理石にしたりした。
ネコの額ほどの小さな庭は二人乗りブランコが置かれた砂場が中心だった。
それも埋めて、今は木製デッキになっている。

 その内、子供達も結婚して一人、また一人と家を出て、今は3人暮らし。
といって、今更小さくしていくわけには行かず大きさはこのままで、とにかく住み易くしたいと思った。
で、この夏は1階の10畳程の居間と当初寝室だった隣の4畳半の部屋の境の壁を取り払った。
居間を大きくしたのだ。
目指すはカフェのようなリビング。
カフェのようにのんびり、ゆっくり心地良い空間をめざすのだ。

 といっても、予算はあまりかけたくない。
出来るだけ、自分達でやる。
必要なモノは自分達で作れないか考える。
在るモノを活用する。

 まずは壁を漆喰で夫が塗った。
ビニールクロスは、時が経てば薄汚れるだけだから避けたかった。
漆喰は、それ自体湿気を含んだり排出したりと呼吸するので人の身体にも良い。
床も同じく調湿性のある無垢の板をはった。
もちろん、塗装は木材の呼吸を妨げないのと、空気を汚さない環境国ドイツの自然塗料を塗った。

 照明は雑誌に載っていた雑貨屋さんで見つけたレトロなペンダント。
スイッチを入れると光がシェードの模様を通って漆喰の壁に陰影を作る。
なんとも、雰囲気が良い。
椅子は結婚する時に買った木製の椅子。
子供達が生まれてから必要がなく、ずっと仕舞ってあったもので今回30年ぶりに引っ張りだした。

 まだ、テーブルがないけど、夫が作ってくれるらしい。
照明も二つのうち一つ、まだ配線が出たままである。
ゆっくり気に入るものを捜そうと思う。

 再来月、次男が家を出て、一人暮らしをすると言う。
自分の足で立って歩いていけるようにする。
子育ての最終目標である。
何とかメゲずに一人でガンバレ。
朝、一回だけ自分の顔を拭いたタオルを、気楽に洗濯カゴに放り込んで行く次男。
自分で洗濯するようになっても、そうするだろうか?
ともかく「あらら・・・・」と思う事が多いだろうが、自分で何とか解決していくんだ。


 さて私達は31年ぶりに、また二人に戻る。
22歳と25歳の若夫婦も、それなりになってしまった。
もう、喧嘩する面倒臭さも良い意味で身に染みている。
毎日、気分良くお気楽に過ごしたい。
煩わしいことは、なるべく避けてノーテンキに暮らそう!



街歩き 『ローマ』


 先月末から今月初めにかけてローマへ行って来た。
日本は真夏、ローマも真夏であった。
かなり、暑かった。
それでも毎日、足が棒になる位歩いたし、地下鉄にも乗った。
もちろん、へたばって歩けなくなった時にはタクシーも使った。

 「すべての道はローマに通じる」
その名言が納得するほど、2千年も前の繁栄したローマの遺跡の数々に圧倒された旅であった。
当時のローマの一般庶民に、すでに娯楽があったという痕跡には驚き、文化の高さに脱帽である。
コロッセオなど上流階級から一番下の奴隷席まであり、あらゆる階層の人々が楽しんだ様子が伺える。
と言っても、見世物になっていたのは野獣と奴隷や罪人の戦いだ。
それを面白いと集う民衆の心情は、全く理解出来ないが・・・・・・。

 もちろん、当時も今も国が平和であればこそ、娯楽が楽しめたのである。
2千年前の人々が娯楽を楽むように、旨いこと政治を治めていた人々が存在したのにもビックリだ。
同時に気持ちがホッコリする。
その頃、日本は弥生時代・・・何だか笑ってしまう。

 また、バチカン市国のシスティーナ礼拝堂の壁画ミケランジェロ作「最後の審判」。
大迫力だった。
同じくミケランジェロが4年の歳月を費やして描いた天井画も、思わず息を呑む素晴らしさ。
サンピエトロ大聖堂も、この世にこんなデッカイ教会が存在したのか!と思わずにいられない巨大さだ。
例えて言うならナゴヤドームが聖堂になった位の大きさに感じるのだ。
そして大きさだけでなく、内部の装飾も芸術の極みというほどの圧倒的スケールの天井画や壁画である。
首が痛くなるほど、ただただ呆然と上を見ていた。
 
 ラファエロの遺体入りの石棺が墓として安置されていたのはパンテオン。
この建造物も元は紀元前27年に建てられたが火災で焼失。
その後、118年に再建されている。
それでも、再建後すでに1900年経っている。

 とにかく街を歩けば、至る所に掘り起こし途中の遺跡や、ウッカリ掘ったら見つかってしまった遺跡など、遺跡のオンパレードなのだ。
まさに町全体が歴史の宝庫だ。

 楽しみの極めつけはスペイン広場。
小さい頃に観た映画「ローマの休日」
物語の中で、アン王女がショートカットにした姿が本当に可愛くて、子供ながらウットリしたことを憶えている。
今回、そのアン王女が映画の中でジェラートを食べたのがスペイン広場の階段。
もう、絶対訪ねたいと決めていた。

 映画自体、60年位前のものだが、好評で何度もTV放送されている。
朝早く駆けつけたが、どんどん沢山の観光客が集まって来た。
ここに、あのオードリーヘップバーンが立ったんだ!と思うと感無量である。

 ローマ、素晴らしい歴史の街。
トレビの泉で後ろ向きでコインを投げると、もう一度ローマに来られると言う。
威勢よく1ユーロを投げた。
大きな放物線を描いてポトンと水の中に落ちた。

  いつか、また訪れたい素晴らしい歴史の街ローマ。



                    2012パンテオン
                            パンテオン


7月29日
セントレア10:30→ヘルシンキ(14:40~16:20 日本との時差6時間)→ローマ18:45 時差7時間→ホテル
7月30日
ホテル8:00→コロッセオ8:25~9:50→ホロ・ロマーノ10:00~11:30→昼食レストランERACLEA12:10~12:55→真実の口13:30~14:00→ホテル15:00
7月31日
ホテル8:00→チプロ駅→バチカン博物館8:50~14:30→サンピエトロ大聖堂14:45~17:30→カフェ→国立博物館→ホテル19:05→夕食19:30~20:30→ホテル
8月1日
ホテル8:00→チプロ駅→スペイン広場8:30→近所散歩→スペイン広場→パンテオン11:50→昼食napoletano's→サンティニャーツォ聖堂14:00~14:50→イル・ジェズ教会16:20→サンタ・マリア・マッジョーレ教会→ホテル18:00~19:00→夕食→ホテル20:00
8月2日
ホテル8:05→レオナルド・ダ・ビンチ・空港8:45~10:45→ヘルシンキ空港15:15~16:30→セントレア8月3日8:30着


エレガントなお婆さまです。

 何ヶ月か前の事だった。
夫が図書館で、私が好きそうだったからと借りてきてくれた本。
笹本恒子さんという、現役写真家のエッセーだった。

 読みながら、なんて素敵な女性だろうと思った。
とにかく毎日を楽しんで、いきいきと生活し、その上お仕事をされている。
そういう人はいくらでもいるが、それがなんと97歳の女性、というのが驚きであった。
自分の知っている範囲の97歳と言えば、もう半分どころか、ほぼあらかた棺桶に足を突っ込んでいるような人達ばかりである。

 どういう風に年を取ってきたんだろう?興味深々である。
読みながら、実物はどんなお方だろうと、ぜひぜひ映像で拝見したいと思っていた。
ところが、やはり巷で話題になっているらしく、最近TV出演されているというのを小耳に挟んだ。
それを、これまたTVっ子、いや、TVジイサンである夫が新聞の番組欄で見つけてビデオに撮ってくれた。

 びっくりである。
エレガントという言葉がぴったりの女性であった。
今まで、正直エレガントという言葉を使って人を表したことはない。
そう表現したい人に、めぐりあった事がなかったからである。
だが、この女性は確かにエレガントという言葉がピッタシなのだ。

 雰囲気もさることながら、話す言葉がとても綺麗な日本語を話される。
聞きながらウットリである。
美しい言葉遣いというのが、こんなにも人としてのランクを上げるとは、改めてビックリである。

 そういえば、昔、遠藤周作さんがエッセーの中で「私」を「ワタシ」ではなく、ちゃんと「ワタクシ」と言いなさい、と奥様だったかを叱られていたのを読んだことがあった。
笹本さんも、ちゃんと「ワタクシ」と言われる。
実際、97歳のお婆様が「ワタクシ」と言われているのを見て、思わず背筋がピンとするし、同時に凛とした空気が漂う。
それでいて、その言葉から、柔らかい優しい響きも感じるのだ。
まさに、エレガントそのものなのだ。


 ・・・・・明日から私も、みかけは単なるオバサンでも、公の席では「ワタクシ」といってみようと思う。

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