プロフィール

  あやこ3

Author: あやこ3
愛知県在住
1958年生まれ
夫、大学4年の次男と3人家族。
嫁に行った長女、独立した長男あり。


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似た者夫婦


 何日も前から、夕飯時になると二人して頭を抱えていた。
「どうする?」 「何とかしないとなぁー」 答えが見つからないまま、日が経つ。
 でも、もう駄目だ。
今日こそ何とかしなければ・・・。

 この前も犬の散歩途中のオバサンに指摘された。
もう、周囲の人達は気が付いている。
このままにしておき被害者が出れば、私達夫婦は必ず 『不届き者』 の風評が立つだろう。

 我が家の東側の敷地に小さな花壇があり、その向こうは車がやっと通れる位の小道がある。
奥に数軒の家があり、普段の通りとしてはまばらだ。

 朝、その花壇のツルバラに水をやっていたら、通りかかった近所のオジサンに言われた。
「蜂の巣が出来てるねぇ・・・刺されないうちに退治しないとねぇ」
(やっぱり気が付いていた!)
曖昧に返事をする私 「そうですねーェ・・・困っちゃいますアハハハハ・・・」 意味もなく笑う。

 朝の水遣り係りの私は当然、前から気付いていた。
ツルバラの枝に蜂の巣があるのは・・・。
もちろん、夕方の部の水遣り係りの夫もだ。
最初に発見した時は直径3センチ位。
今となっては15センチ位になった。
ざっと数えたら7〜8匹の蜂が常時群がっている。

 しかし、たかが蜂である。
しかもネットで調べたら、攻撃性の少ない温和(蜂に温和ってあるのか?!)な種類らしい。
こちらが刺激しなければ、まず襲ってくる事はない。
実際、朝晩水をやる度、近づいているが蜂達は全く我関せずで、巣に張り付いている。
たまに、いたずら心で水を掛けちゃったりもするが、何てことは無い、全く動じない。
それより子孫繁栄の為に一生懸命、花のミツを集めてくるのが、いじらしいではないか!
内心そう思っていたので、見てみぬふりをしていた。

 発見した当初は、雑談の合間にたまに話題に上る事があったが、困ったねぇ、で終わっていた。
そんな時、夫が違う場所で捜し物をしていて、うっかり蜂に刺された。
普段から、ケガや病気に過剰なほど慌てる夫は、大騒ぎで病院へ走った。
・・・今回の件で、きっとツルバラの蜂は退治だな!と成り行きを見守っていた。

 当然そのつもりで、話を切り出したら、ひとこと 「刺したのはそこ(ツルバラ)の蜂じゃない!」
ガビーン!蜂に刺された直後でも、そう思うのか!
「まっ、秋口になったらどこかへ引っ越すんでは?!」 と蜂の生体系も、たいして知らないくせに勝手に決め付ける夫であった。

 それでも、夏休みに入り時折、近所の子供達が、その辺をウロウロするようになった。
さすがに、もし刺されたら・・・と気になってきた。
でも、どうやって退治する?
殺虫剤、噴射して袋に詰める?
うーん・・・となって、また次の日の夕飯時、同じ会話。

 本音を言えば、このままでいいではないか・・・でも他人が刺されたら困る。
さりとて、むやみに殺してしまうのは忍びない。
あーでもない、こーでもないと案を出し合う。
フト、私は言った 「麻酔銃でもあったら眠らせて、別の場所に移動させるのにねぇ・・・。」

 それを聞き、意を決したように夫は着替える。
タオルを頭から垂らしてその上に帽子、長袖のジャンパー、長ズボン、そして軍手。
猛暑の中、この格好・・・かなり堪えると思われる。
とうとう、観念して皆殺しか!と思いきや、何とツルバラの枝を切り、蜂の巣ごと我が家近くの空き地に移動させると言う。

 その空き地、ほとんど人が立ち入らなく草もボーボーである。
もちろん移動させられた蜂の巣は、この暑さで駄目になるだろう。
でも蜂達は、また別の場所で巣を作り出すだろう、との夫の独自な見解を聞かされる。

 だが、その移動させる時に刺されないのか?
蜂は私達が敵だと誤解し、集中攻撃するかもしれないではないか!
しかし夫の決意は変わらない。

 心配なので、もし攻撃してきたら殺虫剤で応戦だと準備する私。
ツルバラを囲んで普段になく真剣な私達。
すでに異様な雰囲気の夫婦である。
夫は夫でツルバラの枝を揺らしてみる。
全く蜂は動かない。
二人して顔を見合わせ、これならイケル!そう確信した。

 蜂引越し作戦開始だ!
私だけ距離を置いて離れる。
夫に、くれぐれも気をつけるように言う私の格好は、半袖Tシャツとハーフパンツの、お気楽スタイル。
その無防備さは、直接係わらない決意をしっかり現している。

 そーっとツルバラの枝を切る夫。
ふいに、もし刺されたら!との思いが強く浮かび、遠くから 「やっぱり、殺虫剤使おう!」 と私は叫ぶ。
夫から大きな声で返事があった。
「可哀相じゃないか!」
「・・・・・・」

 結局、蜂の巣引越し作戦大成功!
夫も無傷であった。
しかし運悪く、蜂の巣移動中、離れて置いてきぼりになった蜂が2匹ほどいた。
未だに蜂の巣があった場所でブンブン飛んでいる。

 今度は、その蜂達がなんだか不憫になっている。


ホテイアオイの花


 何年も前から、旧い大きな漬物の瓶でメダカを飼っている。
毎年、卵が出来るとバケツに入れ、生まれた子メダカも育てている。
大きくなると瓶に戻す。
そんなわけで中のメダカは適当に新旧交代しながら、常に30匹ほどシュンシュン泳いでいる。

 びっくりしたのは瓶に浮かべている水草のホテイアオイ。
花が、ある日いきなり咲いているのだ。
ほんとに、いきなりだ。
事前に花芽とか出ていると予想が付くんだが、まったく前触れがない。

 早朝、ふと突然、蕾の付いた茎が出ているのを発見する。
そして暫らく目を離してしまうと、もう開いてしまっている。

 もっとビックリしたのは、その花の美しさ!
薄紫で幾つかある花びらの一枚に、孔雀の羽のような模様がある。
それはそれは上品で楚々とした花だ。

 初めて見た時、あまりにもホテイアオイという水草の葉っぱしか知らなかった事が不思議だった。
小さい頃から見慣れた水草だったのに、どうして花を一度も見たことなかったのか・・・。

 原因が少し判ったのは夕方だった。
たった、1日しか命がないのだ。
夕方には小さくしぼんでしまうのだ。

 今年、休日の早朝に第一の蕾軍団、発見。
この夏の最高気温を記録した日、見事に咲いた。

 やっぱり、上品で楚々とした花だった。


              08-07-26_08-06 ほていあおい

ブルーベリーのジャム


 先回、八ヶ岳に行ったとき、道端で見かけた掘っ立て小屋。
無人農作物販売所らしく 『ブルーベリー』 と、大きな字で書いてあった。
前々から、ぜひブルーベリーのジャムを作って見たかったので心が動いた。
だが、この暑さで持って帰るまでに傷んでしまう、と諦めた。

 普段、ヨーグルトは好みで、メイプルシロップやジャムをトッピングしている。
だが、添加物の入ってない、果実と糖分だけで出来た市販品ジャムは当たり前だが、高い。
反対に安いジャムは、ゲル化剤だの増粘剤だので誤魔化されているので、量が多い割りに果肉にお目にかからず、ゼリーを食べているような食感。
当然、全く美味しくない。

 従って、毎年自分で苺ジャムと、いよかんマーマレードだけは、旬のとき手作りしている。
これなら素性が判っているから安心安全だ。
しかも当たり前だが、添加物ゼロなので味も良い。

 だが、、どうしてもブルーベリーだけは手に入る機会がなく、あきらめていた。
それが昨日、なんと義母が知人から、家庭菜園で収穫したブルーベリーをいただいたと言う。
それを、どうしていいか判らないので、いらないか?と電話があった。
わッ!欲しい欲しい!と即、頂いた。

 その日、ブルーベリーに、その果実分の半量の、きび砂糖をまぶして冷蔵庫で寝かせる。
買い物に出たついでに、ジャムの煮込み時に入れる柑橘類を買う。
含まれている天然ペクチンにより、水分を固める作用があるからだ。

 普通、レモンを使うが、半端に残っても、すぐに使う予定がなければ結局、無駄にしてしまうのでグレープフルーツにした。
これなら残ったら、そのまま食べればいいからだ。
次の夜、台所の片付けをしながら煮込む。

   ブルーベリー          323g
   きび砂糖            160g
   グレープフルーツジュース  1/4個分

☆ 水を以上がヒタヒタになる位まで足す(ベリー自体から出ている水分が少ないから)
☆ 圧力ナベで2分加熱
☆ ブルーベリーが粉々になったジュース状になる。15分ほど中火で煮込んで水分を飛ばす。
☆ 弱火にして予定の固さの少々手前で火を止める。
   (冷めると、もっと固くなるから)

   出来上がりジャム量     335g

☆ ほとんど果肉分の重量のジャムしか出来ない。
  それを考えると、高いジャムの意味が理解出きる。

 ヨーグルトに入れて、クルクル混ぜると、薄紫のラインが渦巻きになって綺麗!
いただくと、プチプチ歯ごたえのある食感。
味は、さっぱりとして甘酸っぱい。
余計な味がしなく、ブルーベリーそのものって気がする。
やっぱり、月並みだが風味が残ってて、濃くて美味しい。

 次回は自作のパンに付けてみたいナ・・・。
いやいや、パン生地に練りこんで焼いてもおいしそうだ。


                    08-07-23_17-11ブウーベリイ


心地よい時間と空間


  この夏一番の暑さを記録した日、やっと台所のカーテンを夏のカーテンに替えた。
朝陽がよく入る、食卓横に並んだ2枚の上げ下げ窓のものだ。
夏は水色のチェック柄、それ以外の季節は赤のチェック柄と、季節が巡る度に架け換えている。

 どれも何年か前に、自分で作ったカーテンだ。
椅子に敷いてある座布団カバーも、同じ布で作った。
もちろん、座布団も一緒に夏への衣替え。
直線縫いで、しかもチェックだからミシンが使える者なら誰でも、そのまま縫える代物である。

 窓と窓の間の壁にはシンプルなブラケット、その下にはルノアールの 『ルグラン嬢』のレプリカ。
座った時に丁度、顔が外から見えない位置に、カフェカーテンが下げてある。

 窓とテーブルを挟んで向かい合った席が自分の席だ。
ここは、家の中でも特に、気に入っている場所の一つだ。
座って、窓越しに入って来る微かで雑多な生活音を聴きながらのコーヒーは格別。
窓の外はツルバラの枝、その枝越しに細い道を隔てて隣家の庭が見える。

 テーブルの上には小さな一輪挿し。
庭で咲いてる花を摘み、とっかえひっかえ活けている。
 ・・・いつの日も花が随所に活けてある棲家。

 以前フルタイムで仕事していた時、一番堪えたのはコレだった。
家の中に生花が不在だった頃。
活ける花を選ぶ時間と毎朝、水を取り替える時間も惜しかった日々。

 早朝から、夜勤から、4交代の勤務。
合間には家事、夫の仕事の手伝い。
ともかく全力疾走していた頃。

 いったい一日、どのくらい動き回るのだろう?
試しに万歩計を平均的な1日に付けてみた。
夜、お風呂に入るとき、外そうと覗き込んだら、2万歩を軽く越えていた。

  夜勤など一人で30名余りの、お年寄りを受け持った。
事故や異常者を1名も出すことなく迎えた朝は、達成感と充実感で高揚していた。
身体の疲労に反して、あの晴れやかな気持ちも、確かに捨てがたかった。

 だが、何かを手に入れるためには何かを手放さないと、いけない。
今は、自分のペースで毎日の生活を味わう事が、この上なく愉しい。

 今朝も玄関、居間、食卓の花瓶の水を取り替えながら、ささやかな幸福感を味わっている。


                 
                 08-07-15_19-23夏カーテン夕方

               スッキリ!夏バージョンの台所の一角

伯母さんは、感心した!

 
この間、10キロもある大きなスイカを夫が抱えて帰って来た。
仕事先で、いただいたと言う。
当然、冷蔵庫には入らない。
半分おすそ分けにと次の朝、実家に電話する。
弟のお嫁さんの義妹が出た。
ワケを話すと、買い物ついでに取りに来ると言う。

 取りに来た折、今春、無事に希望の高校に入った甥っ子の様子を尋ねる。
元気で学校に行っている、と言う。
まずは安心。

 ただ、気になる事が、ひとつあると浮かぬ表情の義妹。
・・・なんと甥っ子、携帯を持っていないとの事。
自分の意思で必要ない!と、持とうとしないとの事だ。

 義妹は、いまどき携帯も持っていない高校生なんて、大丈夫かと心配している。
それに反して、いたく感心する私。
携帯所持の可否ではなく、その態度に私は偉い!と思ったのだ。

 それでなくても、付和雷同ばかりで、長いものに巻かれろ的な人間が多い日本。
ましてや、若いと経験値が少ないゆえに、少数派になるのは多分に勇気がいる。
携帯自体、たいして欲しくも無いけど、一応持っていないと取り残される不安も沸く。
学校という集団なら、たちどころにイジメの対象にもなりかねない。

 そんな中で自分の意思を持って、それを公然と貫き通せる潔さは一目置いてしまう。
もし、それが自分の子だったら、いつものお小遣いに金一封、上乗せしたい位の気骨だろう。
感動しながら 「自分を持っている!偉い!偉い!」 を連発する私を尻目に、義妹は続ける。

 「通学途中の電車の中でも、みんな乗り込むと一斉に携帯を取り出し覗き込んでるのに、ウチの子は窓の景色見てるって!」 とアホらしそうな口ぶり。
「いいじゃない!結構な事じゃない、携帯に縛られてないってことだわ!」と、あくまで甥っ子の肩を持つ私。
「でもねぇ、お義姉さん、もし万が一、ウチの子に彼女が出来かかって、メルアドは?って聞かれ、持ってない、と答えたら絶対・・・・・・引かれるよねぇ!」 と、きた。

 「ウーン・・・引く子とスゴイ!って思う子と、分かれると思う・・・」
なおも義妹は 「スゴイなんて思う、そんな変わった子が居たとしても、確率としては少ないでしょう?!」 と不満げに言う。
(エッ?!じゃぁ、私は変わっているのか!) と思いながらも、しつこく 「でも、その少数派の子こそ、ある意味、見込みある子なんでは?」 と、何の見込みか良く判らないが、やっぱり反論。
義妹はボソッと 「実際、うちの子、学校で友達も、まだ居ないみたいなんだわー・・・」 と力なく答える。

 それが事実なら携帯だけのせいではないんでは?と思ったが、それは口に出さずに 「でも、高校生くらいになると親が見ている姿は、ほんの一面だから、ホントに友達、居ないのかどうかなんて判らないと思う」 と、答える。
続けて 「それと、もうそこまで心配する年でもないよ!見守って、本人に任せたら?!」
 
 なるほどねぇ・・・と、ようやく納得する義妹。
半分のスイカを抱えた義妹は 「・・・でも子供に、お義姉さんがメチャ誉めていた、って言っておくね!」 と、やっと嬉しそうに車に乗り込んだ。

 走り去る車に手を振りながら、私は若干15歳の甥っ子が周囲に惑わされず、自分のスタンスを貫く姿に本気で感動していた。




必殺、鉛筆持ちだ。


去年の暮のことだった。
左奥下の歯茎がプクーッと膨れた。
直ぐに、かかりつけの歯医者へ向かう。
前に虫歯で被せた歯の根元が化膿しているとの事。
さっそく、治療が始まった。

 しかし、こちらの歯医者さん、評判がすこぶる良いので、いつも満員。
だいたい2週間に1回位しか順番が周ってこない。
盆、正月、GWなんて挟んでしまったら、1ヶ月に1回くらいになってしまう。
おまけにウッカリ行くのを忘れてしまい、再度予約をすると無常にも、また2週間先である。
そんなこんなで、たかが1ヶ所の治療で延々半年余りも通い続けている。

 それを聞く友人知人の中には、こう言う者も居る。
自分の行ってるところは、1週間で1回ないし2回くらいで順番が周ってくるから転院したら?と。
だが、そんな歯医者、怪しいではないか!
単純に考えて順番が早く来る、というのは患者の絶対数が少ないのだ。

 私は歯医者なら誰でも良い訳ではない!
確かな見立てと的確な治療技術のある歯科医でなければ嫌だ。
それもこれも、全て将来 「入れ歯」 という超ヒョウキンな事態を回避するためだ。
もちろん自分自身、並々ならぬ情熱を持って日夜手入れもしている。

 が、本日ひとまず、めでたく治療終了とあいなった。
お定まりの、歯科衛生士のお姉さんによる歯磨き指導と歯のクリーニングでフィニッシュだ。
まず、歯の汚れ度チェック。

 ・・・やはり前回、指摘された場所が、またもや綺麗に磨けていない。
お姉さん、あきらかに 「アンタやっぱり、いい加減な磨き方してるわね!」 と言わんばかりの気配だ。

 お姉さんに尋問される。
「どうして、磨き残しがで出来てしまうんでしょうねぇ?・・・」
そんなの判っていれば私だって知りたいわ!と思いながらも、ふと 「磨いている内に、無意識に昔やっていた磨き方になってしまうんです。」 と答える。

 ワーァ!そうだったんだ!自分で言葉に出しておきながら妙に納得する。
続けて 「昔やっていた磨き方とは?」 とお姉さん畳み掛ける。
「ブラシを縦に動かしながら、順番に左から右へスライドさせていくんです。」

  お姉さん 「ローリング法ですね。・・・今は、それでは汚れが取れない事が判って来たので、往復小刻み横運動を左右にスライドさせていくんです」
ヘーンダ!そんなの当の昔に知っている!
だ・か・ら・無意識に、すぐ昔のやり方になってしまっている、と言っているではないか!
と思いながらも、穏便に済ませようと 「そうですかぁ・・・」 と曖昧に答える。

 お姉さん、やっぱり 「どうやって普段磨いているのか、ちょっと、やって見せて下さい」 と、きた。
すぐさま手のひらを、上から被せるように歯ブラシを持つ。
ちょうど、太鼓を叩く時のバチを掴むような持ち方である。
 その時だ!お姉さん、自信たっぷりに言う。
「その持ち方を変えてみましょう・・・鉛筆を持つように持って下さい!」

 直ぐに素直にやってみる。
あれれー?!ちゃんと往復小刻み横運動が上手く出来る。
なおかつ、この小刻みの振幅が短いほど歯の表面の凹凸に対応出来るが、その点も上々だ。
以前の磨き方よりずっと歯への吸い付きが良い。
しかも、この持ち方では癖になっている縦磨きはやりにくい!
これなら知らないうちに縦磨きをする事は無いだろう。
 
 すぐに、お姉さんに 「この持ち方なら良いですねぇ!」 と伝える。
お姉さん、ニッコリうなずきながら 「ハイッ、頑張って下さいね」 と励まされる。
よーし!この鉛筆持ち歯ブラシで、また仕切りなおしだ。

 どうか半年先の検診まで、此処へ来る事がありませんように・・・。




それは、ないだろう?!


 以前から、ずっと気になっていた。
居間のメインの壁に架かっているタペストリーが、どうにも色あせて来た。
もう、思い出せない位、前に買ったものだ。

 花束の形にレイアウトされた押し花が和紙に漉き込んであり、当時としたは珍しいものであった。
衝動買いなど、まずしない自分が偶然入った店で、一目見て買ってしまったほどの惚れ込み様であった。
ウチに遊びに来た友人達が初めて見た時、必ずそれを感心して褒めた位の逸品だ。
それに代わるモノが欲しい!

 まず、こういう品物は、現物を見ないと失敗するので通販やネットはパス。
見当を付けた店、出かけた先など、めぼしい売り場を捜す。
が、どこにもない。
あっても趣味が合わない。

 タペストリーなんて、最もその部屋の雰囲気を表す。
気に入るのが見つかるまで、仕方ないが、このままで・・・。
と思っていたら、ふと紙の専門店なら、同じような和紙があるんでは?と気付く。
自分で気に入った和紙を、今あるモノの木枠だけ再利用し、自分で作ればいい!
それも面白そうだ。

 善は急げと雨の週末、名古屋市内の紙の専門店へ向かう。
国内外のあらゆる種類の紙が沢山揃っている。
和紙のコーナーで、一枚ずつ引き出しから丁寧に出しては眺める。
暫らく物色していたら、まぁまぁ気に入ったのが2枚あった。
桃色の花が漉きこんであるもの、とブナらしき葉っぱが漉きこんであるもの。
家へ帰って壁に当てて見て、似合う方にしよう!と2枚とも買い求める。

 ビックリしたのは、バイトらしいヤル気なさげなレジのお姉さん。
植物が漉き込んであるのに、まるで小学生が図画に使う画用紙を扱うようにクルクルと丸めようとする。
思わず声を上げた「エーッ!ちょっと、それ丸めるなんて・・・。」
お姉さんハッとして「このまま、伸ばしたままがいいですか?」
当たり前だぁー!丸めたら漉き込んである植物が折れるだろう!との思いを込め、怒った顔をする。
お姉さん慌てて、すぐに紙と同じ大きさの持ち手が付いたポリ袋に入れる。

 ったく!包装する紙の種類をひとつ、ひとつ、しっかり見なくちゃ駄目じゃないか!
お客に販売する品物を大切に扱うなんて事は、店員としては初歩だ。
こんなバイト置いておくなんて店も店だ!と不愉快な思いで店を後にする。

 都心に出たついでに寄った、お菓子パン作り用品専門店でもさらに、びっくりする。
フランスパンを焼く前に、生地に切れ目を入れるクープナイフを捜しに行った。
店内、ざっと見ても見当たらない。
パーキングメーターの時間も気になるので、店員さんに聞いた方が早いとレジで訊ねる。
暇そうにボーッと突っ立っていた、お姉さん「クープナイフ・・・ヘッ?何それ?」である。

 こんな役立たずをレジに置くなっ!と、またもやムッとしながら、説明する。
どこも安い労働力でコスト削減を計ってるだろうが、私はその辺のホームセンターに来てるんじゃない。
いみじくも専門店だろう!
せめてバイトでも、何をおいてもお菓子、パン作りが大好きな子を雇え!
そしたら、クープナイフぐらい知っている!

 バイトだろうがパートだろうが、お金を頂く以上は素人同然では情けないではないか!
「心を込めて、勉強を怠らず、誠実に仕事しろー!」
「店主もコスト削減より、バイト教育をしっかりしろー!」っと、オバサンは説教したかった。


・・・結局タペストリー、2種類の木の葉が和紙に漉きこまれているシンプルな方で作った。
以前のには、とうてい及ばないが、自然な雰囲気が、まぁ気に入っている。
秋口になったら、紅葉が漉き込んであった和紙で、また作ろう!
森茉莉の「贅沢貧乏」に出てくる主人公のように、自分の棲家は気に入ったモノだけで固めたいのだ。


                     08-06-23_18-27.jpg


                      (壁上部の2つの白い部分はスポットの光の反射。・・・霊ではない)

いつも感謝です!


 友達からの手紙が、久しぶりに届いた。
ワッ、嬉しい!とばかりに急いで封を開ける。
なんと、7月にJR名駅高島屋で行われる赤毛のアン展の入場券が入っていた。
この展覧会の企画を観た時、直ぐに私の顔が浮かんだと言う。

 偶然にも、30年ほど前に読んだ「赤毛のアン」を最近、また読んだところだった。
事のついでに映画「赤毛のアン」も、ぜひもう一度観たいと思っている。
映画の中の舞台カナダ、プリンスエドワード島の溢れんばかりの美しい自然を、ぜひもう一度観たいのだ。
そんな想いを持っていたので、まさに渡りに船!である。

 でもチケットも嬉しいが何より、その友達の心遣いが嬉しい。
ありがとう・・・。
絶対、都合付けて行くよ!

 他にも 「読んだ雑誌にターシャ・テューダー(米の絵本作家)が載っていたから」 と、その雑誌を持って来てくれる友達。
「新聞に曽野綾子さんのコメントが載っていたよ!」と、わざわざ切り取って手渡してくれる友達。

 自分が何かの折に話した好きな人物や、好きな事についての情報を、気に留めていて差し出してくれるその親切。
その一人、一人の温かな優しい心遣いが心底嬉しい。

 もともと、非社交的な自分である。
友達も大勢はメンドクサイから、いらない(←いや、出来ない?!)

 おまけに、よくある何かの役員や、単に同じ組織と言うだけの団体での忘年会だの飲み会などの類は、まず勝手ながら欠席。
自分でなければ、という必然性が感じられない社交の場は魅力がない。

 そもそも体裁を整えた万人向けの、お茶を濁したような会話は退屈。
また、酒の肴類の濃い味付けのオンパレードにも辟易してしまう味覚。
ましてや、人脈作りなんてアホくさい!としか思っていない。

 その性分が年と共に顕著に行動に現れて来た。
なにしろ、やりたい事、やらねばいけない事が山のようにある。
何かを掴んだら何かを手放さなければいけない。
手持ちの時間は有限だ。
どうしても常に優先順位を自分の中で確認することになる。

 かなりな偏屈者である。
それでも、何人かの奇特な友達が、ずっと昔から係わっていてくれている。
また、新しい事を始める度に、その場がきっかけで友達になろうとしてくれるモノズキ者にも遭遇する。
ありがたいことである。

 その彼女たちの存在自体が、時々フワッと温かな想いを運んでくれる。
しみじみとした幸福感だ。
一生で、どれだけ沢山の人達と行き交うのか分からないが、友達になれた事、感謝いっぱいである。

良い物を長く使いたい!


 3日前のことだった。
掃除をしていたら、いきなり掃除機が止まった。
「あららーん???」と、スイッチのOFFとONを何度も繰り返す。
でも、ウンともスンとも言わない。

 製造年を確認すると92年製・・・。
もう16年使っている!
寿命かなぁーと思いつつ、往生際が悪いが、なじみの電気屋さんに一度診て貰うように、夫に頼む。

 我が家の電化製品は、基本的に同一メーカーのモノだ。
実家が、このメーカーの品質の熱烈なファンで、当然わたしの嫁入り道具も、全てこのメーカーで揃えた。
期待に答え、信じられない位、長持ちしたのを目の当たりにした。

 常時稼動の冷蔵庫はもとより、全てが10年は楽勝の製品ばかりだった。
最長は衣類乾燥機の23年。
次点に電子オーブンレンジの21年が続く。
それに今回の掃除機の16年も、よく健闘したではないか!

 と思っていたら、なんと・・・直った!!!
夫の報告では、電気屋さんに見せたら、切れた時の状況を聞き、あっさり言われた。
「コンセントの中の配線が切れたと思う」
それなら夫は自分でも直せると思い、部品だけ買って持ち帰った。
帰宅後、早速取り替えたら、やっぱりブォーンと動いたと言う。

 おまけに電気屋さん、帰ろうとした夫に「まだまだ、この掃除機は使えるよぉー」だって!
感動である。
こんな良質な電化製品を造れるメーカーと、自店の利益よりお客さんの利益を優先する電気屋のオジサンにである。

 夕飯時、夫と、しみじみ話す。
「良く考えたら、自分が嫁入り道具として持って来た電化製品は、全て入れ替わっているんだねぇ」と私。
「だって、27年も、たってるんだから・・・」と夫。
確かにそうである。
最初に両親が買い揃えてくれた電化製品は、もう全てないんだ、と今更のように感慨深い思いが湧き出る。

 ふと、夫が「コレは、まだまだ大丈夫だから入れ替わらなくてもいいよね!」と言う。
ハテなんだろう?と顔を上げた。
・・・なんと、自分を指差していた。
何だか笑えた。
夫も笑う。
二人で、しばらく意味不明に笑い続けた。

「焼きそば」は任せた!っと


 休日の日暮れ間近、スーパーで夕飯の献立を夫に相談する。
すると夫は思いついたように、いきなり実験がしたいと言う。
なんでも昨夜のTV番組で、目から鱗が落ちたとのこと。

 今までの常識を覆す方法で、パリッパリッに焼ける焼きそばの作り方を実演していたという。
そこで、ぜひ今夜やって見たいとの希望である。
そりゃー結構じゃないか、ぜひ任せよう!
鱗でも何でも落としてくれーぇ!と、ばかりに材料を調達。

  今宵の夕飯メニュー  (担当 夫)
1、パリパリソース焼きそば
2、ポテトサラダ
  (日中、石窯パンを焼くついでに、横にジャガイモを転がしておいた。
   結局、そのまま石窯内に忘れて食べ損ねたので、それを利用したい)
3、アサリのお味噌汁
4、黄瓜のサラダ(切って並べるだけ)
5、朝の残りご飯

  ちなみに夫の料理の腕前。
朝ごはん定食セットの類(お味噌汁、青菜のお浸し、目玉焼きなど)とラーメン、うどんなど能書きを読めば誰でもOKの即席もの、が出来る程度。
特に料理好きとはいえない。
が将来、私が先に天国行きになった場合を想定し、危機管理の一環として、休日の朝ごはんを、たまに担当。
 
 両手にフライ返しを持ちフライパンのなべ底をジッと見る夫。
オッ、気合が入っているゾ!
私はといえば、妙な味付けのものは食べたくないので、さりげにチェックの体勢である。
・・・さぁ、始まった。
油を引き煙が出たら、なんと麺をほぐさず、そのままフライパンに入れる。
ガビーン!と思ったが、ここはジッと任せる。
・・・コレッかぁ?コレなんだ!常識を覆す方法とは!

 両面、玉のまま焦げ目を付けるように焼く。
「それから肉とキャベツを麺の横に置くんだ!」と得意そうに説明する夫。
そのまま、おもむろに麺、肉、キャベツを混ぜだす。
オッと、肉の臭み消しに塩コショウも忘れずに。
暫らく炒めたらソースの登場だ!

 「ねェ・・・。どれ位入れたら、いいかなぁ?」
ソースの分量を尋ねられる。
「普段、食べる料理にかける量を想像して加減すれば?!」と答える。
ついでにふと今、思いついた提案をする。
「和風ダシの素を少し振りかけよう!」と勝手に振りかける私。
定番の水は絶対入れてはいけないそうだ。
麺の表面が水分を含み、ダラダラ焼きそばになる大きな原因とか・・・。

・・・・・・・ およそ10分後。
出来ました!
どれ、お味のほどは・・・一口食べてみる。
「ホントだ!パリパリしていて、美味しい!」感激である。
味付けも辛すぎず、薄すぎず丁度良い!
「すごい!すごい!今日から焼きそばの達人と呼ぼう!」
単なるマグレかもしれないのに大げさである。

 こりゃー、いいや!パクパク食べながら「これからも焼きそばは、よろしく!」と夫に伝える。
すぐさま夫の口から食べかけの麺が咳と一緒に飛び出した。


お初です!群馬県


 GWに百名山のひとつ、赤城山に登った。
予定していた連休の3日間、2日目のみ曇りで、あとは雨に降られる。
それでも自宅を出て暫らく天気は持ち応え、ときどき陽も射していた。
お陰で、いつも楽しみにしている中央道からの眺めは充分堪能出来た。

 高速で恵那山トンネルをくぐり、北に向かうと飯田辺りから、左に中央アルプス、右に南アルプスが見える。
昔から大のお気に入りの景色だ。
遠くを悠然たる3000m級の山々が、車窓越しに流れていくのだ。
圧倒的な迫力である。
木曽駒ヶ岳など白く雪化粧した頭が青い空に映えて、惚れ惚れしてしまう位美しい。
手前に並ぶ、縁取りのような低山は新緑が眩しいほどキラめいている。

 長野道に入る頃には視界に入る山も低くなり青空が大きくなる。
里はヤマブキの黄色や、りんごの木の白い花、山桜の桃色など春らしい彩りで華やかである。
暫らく田園が続く牧歌的な風景を楽しんだ後には、今度は北アルプス雄姿の面々が見える。

 街や住んでいる人間は、時代とともに入れ替わる。
だが、山は悠久なる時を、ずっとあるがままで、そこに在る。
ほんのひと時代だけ係わっている自分。
人の世の儚さに厳粛になる。

 およそ5時間ほど高速を走り続ける。
上信越自動車道の県境を伸びているトンネルの途中に、長野と群馬の境の表示が見えた。
群馬県を訪ねるのは夫婦ともに初めてである。
「群馬、群馬、群馬だよ!」と二人で歓声を上げる。
初めまして、の気分全開だ。

 子供達が小学生になった頃だった。
世界は沢山の国、日本もいくつかの都道府県から成り立っていることを知らせたかった。
地球儀を手に入れた。
トイレに世界地図を張った。
たまに日本地図も登場した。

 当時、家族間で、かなり盛り上がったゲームが世界国名当てゲーム。
その名の通り、白地図で示された国名を当てるという単純なゲーム。
やる気を引き出す為に親である私達が500円ずつ、子供達が10円ずつお小遣いを出し合い、合計1030円を優勝賞金にした。

 ビックリ驚いたのは、出した問題50カ国、すべて正解はパパと、なんと当時小学2年だった次男である。
パパはさすが!と感心したのも束の間で、解答用紙をしっかり見たら慌てて書いたらしく、ガーナをガナと書いてあった。
文句なく次男の優勝に決定!
1030円の賞金をゲットして得意満面な次男であった。
始まりは、いきなり「10日後にやるよー!」なんて予告してから、さぁー大変!
親も面子があるので必死で憶えた。

 ・・・そんなゲームで都道府県もしっかり憶えたつもりだったが、やはり丸暗記だけでは自分のものにはならない。私自身、未だに関東東北や九州は位置がイマイチ怪しい県がある。

 強いのは、やはり旅行で訪れた場所である。
しっかり、その場でのシチュエーションとともに記憶に刻まれる。
お正月に訪ねた四国だって、もうしっかり4つ正確に当てはめられる。

 今回、群馬も必ず記憶に残るだろう。
群馬の東は漢字で書けるか?栃木!
西は長野、北は新潟、南は埼玉である。

 そんなワケで、お初です群馬県!

「うなぎあたま」ってなんだ?


 今日、嫁に行った娘がウチに来た。
私達夫婦がGWで登ってきた赤城山の、お土産を取りに来たのだ。
予め2種類の品物名を提示してあり、どちらがいいかリクエストを聞いておいた。
夫婦で相談した結果、どちらも捨てがたいので半分ずつ欲しいとの事。

 一つ目の箱はワカサギの甘露煮。
続けて、もうひとつの箱を差し出す。
娘は言った「あれー・・・ウナギアタマは?」

 「ウナギアタマ?・・・何、ソレ?」と私。
「だって、メールでワカサギとウナギアタマってあったから、どんな食べ物なんだろうねぇー、と二人で考えてぜひ、食べてみたいと思って・・・。」
・・・・・・・・・事情が飲み込めた。

 饅頭をウナギアタマと読んでいた娘であった。
確かに似ている。
だが、違う!

 そう言えば、長男が大学1年の時、夕飯時にしきりと会話の中で「ハッキ、ハッキ、ハッキが判るといいよねぇー」なんて言っていた。
しばらく???
そのうち文脈から合点がいった。
簿記の事であった。

 またまた、そう言えば、友達が普通の顔して郵便局で「タメカエ下さい」と言い、さりげに局員に「カワセ(為替)ですね」と訂正された話を思い出した。

 またまたまた、そう言えば介護の仕事を始めた頃の私が、月例会議で熱意あふれる発言をした。
その後リーダーから、なにげに「セイネンゴケンニンとはセイネンコウケンニン(成年後見人)の事ですね」と念押しされた。

ずっと変わらないよ!


 ないものに気持ちを向けて、ひがんだり愚痴ったりするのは好きじゃない。
持っているものや置かれた環境、状況を感謝し喜びたい。
それを最大限に活かし、味わう事を心がける事。
ずっと前から変わらない自分のポリシー。

 22歳で、お嫁に来た。
それまでも、けっこう楽しく過ごして来た。
だが二人だと、毎日をもっと楽しく過ごせる気がした。
せっかく一緒に暮らすんだから楽しまなければ!と意気込んだ。

 今、その未来に立っている。
やっぱりあの頃の自分の思いは、間違ってなかったと思う。
 
 何かやろうと思っても、一人より二人で計画した方が、確実に実現率が高い。
一人で仕事や作業した場合の成果は、当たり前だが1人分。
だが、二人で協力し、手分けしてやってみる。
二人分の成果が出るかと思いきや、それ以上の成果になる事が多い。

 日常の様々な楽しみも、一人で浸るより二人で浸った方が倍以上の楽しみを感じる。
嬉しい気持ちが確実に増幅する。
沈んだ気持ちも一人だと深刻、二人なら何となく誤魔化されてしまう。

 ずっと一緒に同じ景色を見て来た気がする。
これからも、同じ景色に心動かし、過ごしていくだろう。

 今日、4月25日は27回目の結婚記念日である。
あの日の22歳と25歳の新米夫婦は、今でもノーテンキに楽しくやっている。
ジイサンバーサンになっても、やっぱりノーテンキに楽しくやっていたいと思う。


ブナが待っているよ!

東山動植物園   愛知県名古屋市

 山に行きたいのは山々なんだが・・・なぁんちゃって!
先週の事である。
職場の玄関横の花壇に水をやっていたら、スロープに足を取られバタッと派手に転んだ。

 右斜めに倒れたので右手薬指、右足脛打撲。 右手甲、右足膝小僧擦り傷。
という訳で患部、紫色であきらかに張れていたり、かさぶた状態。

 右手の薬指の痛み、特に強し。
もしかして、折れているかも? ヒビが入ってるかな?
仮にそうでも、添え木をし動かさないようにして自然治癒を待つのみしか、治療方法は無い。
つまり、病院に行ってもレントゲン(放射線)のリスクを受けるだけなので、このまま大人しくする事に決定。

 それでも休日前夜、どの山に行こうかと話を夫に持ち掛ける。
だが、大事を取った方が良いと、あっさり却下。
その代わり、花盛りだから東山植物園に行こう!と提案あり。
単純なので、いいねぇ!と素直に喜び承諾。

 ここは緑豊かな森に囲まれ、とても都会の中にあるとは思えない静けさである。
約60種類近くの小鳥が、飛来や生育してるほど自然豊かでもある。
また、多種多様な植物、木々が植わっている。
子供達が小さい頃は、よく隣り合わせにある動物園へ、遊びに来た。
手が離れたら夫婦で植物園の方へ、と年に1、2回は来ている。

 何より、園内の花、木、鳥など名前がきちんと表示してあるので勉強にもなる。
ぜひ、今回も目に付いたものの名前を確認したい!と張り切る。

 たどり着いてみると、思ったとおり花盛りで、園内パステルカラーが溢れている。
ビックリしたのは石楠花(しゃくなげ)が、もう咲いていた事だ。
ある一角にはバラのように「ウエディングブーケ」だの「真珠姫」だの個別のネーミングを持った種類が見本のように並んで展示されていた。
どれも、華やかで上品である。
 
 また、写真でしか知らないヒトリシズカが、丘の斜面に咲いているのを発見。
名前がステキなので、ずっと見たいと思っていた。
白い楚々とした控えめな花である。
ちなみにフタリシズカという名前の花もある。

 時代の要望か、あちこちに車椅子通行の不可についての看板が新設されていた。
これから順を追って咲くであろうバラやアジサイなども小さな蕾が付いてる。
並木になってる八重桜の花びらが、風に乗って宙に舞う。
その柔らかな空気の中を、歩いてるだけで上機嫌になる。

 花の美しさもさることながら、木々の新緑が、ため息が出るほど美しい。
日の光を通して見上げるとキラキラと輝く。
特にブナ!どんな絵の具の黄緑色も決して敵わないほどの美しい発色である。

 次回の山は絶対ブナが多い山だな!と夫と誓う。
その後は石楠花!
石楠花の群生している山が確かあった筈である。
思いは、やはり山へ山へと向かう。

 季節ごとの変化に沸きあがるような楽しみを感じる。
誰かが素晴しいものは、みんなタダ!ッて言ってたが本当にそうだ。
美しい自然の営みを前にして、しみじみ贅沢な時間を過ごしていると思う。

・・・ ビックリしたり感心したりとノンビリ廻っていたら、いつの間にか陽が傾きかけていた。



 

息子の就活、閉幕。


 およそ、2ヶ月に渡る息子の就職活動が終わった。
受けた会社は、たった2社のみという超ピンポイント戦線はあっけなく撃沈。
これにて、当初の予定通り大学院へ進学である。
2年後、気持ちが変わらなければ再度この会社へ挑戦だ。

 もともと今、技術系はほとんど院卒を中心に採っているので、大卒は結構厳しいとは聞いていた。
だが息子はチャンスは多い方が良いと挑戦する事にした。
運良く熱望した会社のうち、1社は面接までコマが進んだ。

 が、志望内容を訊ねられ、開発をやりたいと言ったまではいいが、その件について面接官から、かなり突っ込まれた質問をされる。
質問自体、専門用語を持ち出されて聞かれたモンだから答えるより先に、その意味が理解出来なく、シドロモドロになってしまったと言う。

 そうした場合、素直に意味が判りません、と自分の無知をさらけ出すか、おおよそ見当を付け、とにもかくにも答えるかである。
彼の場合、咄嗟に後者を選んだ。
すぐさま、マズイ展開になったと後悔する。
たぶん、その答えぶりから、こちらの知識や熱意の足りなさを見透かされと思う、と息子は言う。

 院進学という逃げ道を持ったまま挑んだ試験。
そこで自分の勉強不足、準備不足を思い知らされた。
沈んだ面持ちで、自分が面接官でもこんな学生はいらない、とまで言い落ち込む。

 何日か後に来た不合格メール。
やっぱり、現実は情け容赦ない。
本人はすでに面接後、気持ちを切り替えたようで、サバサバしている。
取り合えず、8月に行われる大学院の入試に向けて全力投球すると言う。

 親としては、経済的にはもちろん、就職してくれた方が助かる。
だが技術者として出発するなら時勢を考え、少しでも有利な肩書きや実績をつけてやりたいとも思う。
院での2年分の学費も、長い目で見れば本人が将来受け取るであろう院卒の生涯賃金から考えても、充分取り戻せる。

 そんな計算もあったので、今回の件は一応ガッカリはしたが、この挫折をバネに、より一層勉学に打ち込んでくれればと思う。
まずは本人がやってみたい!と感じる仕事に携われるように、地道な努力が大切だ。

 小さい頃から子供たちには勉強する事と、する習慣を確実に付けたいと思って来た。
特に中学卒業までに習う事は、どんな職業、役割になっても土台になる。
せっかく、義務教育という恩恵がある国に生まれたんだから、ソレを活かさなくてどうする!という思いも強い。

 特に男の子は永い年月仕事をして、家族を養う役目の可能性が高い。
(場合によっては女性が働き、男性が主夫でもそれはソレで良い)
同じお金を貰うにしても、自分好みの仕事に就いた方が愉しい。
勉強した結果、成績が良いとやれる仕事の可能性が広がるし選択肢も多くなる。

 もちろん職人さんや芸人さんという選択をしても面白いし、応援したい。
どんな職種についても、まず勉強し、する習慣が本人に付いてなければ、たいしてモノにはならない。
どの道のスペシャリストも必ず勉強熱心だし、向上心がある。

 そんなワケで母としては意識的に勉強するように仕向けたフシもある。
勉強って面白い!と思わせようと企んだ事もある。
だがもう息子も大人だ。
当然母は何も言わないし、言うつもりもない。
自分で考え、自分で切り開いていってくれ。

 欲を言えば、息子は保育園から大学まで全て国公立だ。
この上、大学院まで行けば多大な教育費を国(税金)から受けた事になる。
やはり、その学んだ力、知識を何らかの形で社会に還元しなくてはいけない。
その事も自分で気付き、意識して仕事に向かい将来結果を出せれば拍手を送ろう!

 ・・・ まぁ、またこの1年プラス院の2年分、養なってやるから、しっかり勉強するんだゾ!
・・・ヤッホー!

ご無沙汰してます。


 振込みをしに朝10時頃、郵便局へ向かう。
車を置いて店内へ入ろうとしたら、バッタリ伯母さんと会った。
同じ市内に住んでいるものの、街中で偶然出会ったのは初めてである。
お互い奇遇に驚きながら、挨拶をする。

 二言三言、話していてふと、どうやって此処へ来たのか訊くと、バスに乗ってと言う。
それならば、自宅まで送らせて欲しいと申し出る。
が、「そんなんいいよ。 若い人は忙しいから・・・私はバスで、またノンビリ帰るから」 と遠慮される。
こちらも引かずに 「いいよ、いいよ。私は11時半までに帰ればいいし、あと夕飯の買い物するだけだから」 と具体的に時間的余裕があることを示す。

 続けて 「ねっ!送らせて・・・今、振込みして来るから、ここで2,3分待ってて」 と半ば強引に畳み込む。
伯母さん観念したように 「・・・じゃあ、私も買い物連れて行って!」 と言う。
話は決まった。
伯母さんとスーパーへ行って、その帰りに自宅へ送ることにする。

 伯母さんは今年85才。
私の亡父の、長兄の奥さん。
伯父さんはすでに亡くなり、今はお嫁さんとお孫さんの3人暮らしである。
小さい頃、よく父に連れられ、本家である伯母さん宅へ遊びに行った。
いつ遊びに行っても、満面の笑みで出迎えてくれ、おこずかいも時々貰ったりして大好きな伯母であった。

 中学生になる位から、部活など自分のことで忙しくなり、自然と伯母さんちからも足が遠のいた。
それでも結婚、出産など、慶事の折には必ずお祝いを抱えて、駆けつけてくれた。
この何年かは、親戚のお葬式で会釈をする位である。

 いつも、ニコニコしている伯母さんだが、想像するだけで胸がつぶれそうな思いもしている。
3人いた子供さんのうち、2人はガンで30代と40代で亡くされている。
また、同居の内孫さんを2才の可愛い盛りに、やはり病気で亡くされている。

 この非常で過酷な人生を一生懸命乗り越えてきた、85才である。
ましてや私自身、小さい頃可愛がって貰ったんだ。
ここで車を出さなければ、どこで出すんだ!と、妙なコジ付けで勝手に張り切りきる。

 2人であれこれ近況報告をしながら、スーパーで和やかに買い物。
そのうち伯母さん私に気を遣い、欲しそうなモノを訊き出そうとする。
「伯母さん、むかし私が小さい頃、よく可愛がって貰ったのに、何のお返しもしてない」
「・・・なのに、また何か貰ったら、益々私の借りが増えるから何にもいらない!」 
はっきり、断る。

 伯母さん、またもや私の押しの強さに観念。
「じゃあ、遠慮なくお願いします」 と、ニッコリ。
私もニッコリ。

 しみじみ、ほんとにそうだなぁー、と自分で思わず口にしたことに納得。
して貰うばっかりで、何にもして上げた事ないなぁーと今更ながら、自覚する。
いえいえ、この伯母さんばかりか、して貰ったばかりで、して上げた事ない人、まだ、いっぱい居るわ。

 ・・・なんだか急に、大きな大きな負債を思い出してしまったような気がする。

春らんまん準備OK

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