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あやこ3

Author:あやこ3
 
ノーテンキな夫と二人暮らし。
独立した子供3人あり。


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石窯パン物語 2 (酵母成功)


 昨年の事だった。
通っているパン教室で先生から天然酵母をいただいた。
店で使用しているものだ。
自宅に持ち帰り、早速パンを仕込んだ。

 何より驚いたのは、その酵母の力強さ。
酵母が詰まった空き瓶を、開けた途端「プシュッ!」と、ビックリするほど大きな音で炭酸音がした。
あまりの勢いのよさに、プロの技術を垣間見た思いであった。
店では1日2000個も焼く。
それらが間違いなく時間通りに発酵しなければいけないのだ。
100発100中の酵母でなくてはいけない。

 何とか、同じモノが出来ないかと試行錯誤の日々。
ネットで調べ、図書館で調べ、本屋で立ち読み比較検討。
しかし、どれも大雑把で明確な基準がなくアイマイな作り方。
おまけに、ふと気が付いたのは、先生のように旬の作物で作っている天然酵母のパン屋はほとんどいないこと。

大方、レーズンなど作りやすい素材で、しかも年中同じだ。
もっと簡単な店は、市販の天然酵母を使っている。
確かにそれでも良いが、身土不二の考え方からいくと、やはりその時期に地元で取れた作物を身体に入れるのが一番ベストだ。

 でもそれを追求するのは、とんでもなく難しい事なのか、手間暇かかる事なのかと考え込む。
一応、先生が授業の中でサラリと触れた天然酵母の作り方。
疑問点は幾つかあったが、何しろ忙しそうな先生、実習中もやってるパン以外の話は出来ない雰囲気。
仕方なく、判らない所は自分で見当を付け工夫する。
そして実験。

 あーでもない、こーでもないと落胆したり、度重なる失敗ぶりに暫らく手を付けなかったこともある。
しかし、しかしである!
今回やっと先生と同じ具合に作用する、安定した酵母が完成した。
しっかり25度で一次発酵12時間、30度でベンチタイム40分、35度で成型発酵2時間。
温度さえ、ピッタリ合っていれば確実に時間通りで目的の作用をする。
酵母の作物は、取れたての「さくらんぼ!」である。

 初めて自信の自作酵母で焼いたパン。
こねる材料は粉と最低限の砂糖と塩のみでOK.
たった、それだけで味わい深く、それでいて飽きないシンプルさがある。
まさに毎日食べられる食パンである。

 ここまでたどり着くのに、一山越えた思いだ。
目的の山は遥か彼方に見える。
それでも、歩かなければゼロ。
一歩でも歩けば、間違いなく近づく。

 どんな大きな数も「1」が集まって出来ている!
・・・昔、自分で自分を叱咤激励するときに頭をよぎったセリフだ。
まさか、この年になっても、こう思う場面があるとは思わなかった。
一方、大っきな道楽をしているような気もする。


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「焼きそば」は任せた!っと


 休日の日暮れ間近、スーパーで夕飯の献立を夫に相談する。
すると夫は思いついたように、いきなり実験がしたいと言う。
なんでも昨夜のTV番組で、目から鱗が落ちたとのこと。

 今までの常識を覆す方法で、パリッパリッに焼ける焼きそばの作り方を実演していたという。
そこで、ぜひ今夜やって見たいとの希望である。
そりゃー結構じゃないか、ぜひ任せよう!
鱗でも何でも落としてくれーぇ!と、ばかりに材料を調達。

  今宵の夕飯メニュー  (担当 夫)
1、パリパリソース焼きそば
2、ポテトサラダ
  (日中、石窯パンを焼くついでに、横にジャガイモを転がしておいた。
   結局、そのまま石窯内に忘れて食べ損ねたので、それを利用したい)
3、アサリのお味噌汁
4、黄瓜のサラダ(切って並べるだけ)
5、朝の残りご飯

  ちなみに夫の料理の腕前。
朝ごはん定食セットの類(お味噌汁、青菜のお浸し、目玉焼きなど)とラーメン、うどんなど能書きを読めば誰でもOKの即席もの、が出来る程度。
特に料理好きとはいえない。
が将来、私が先に天国行きになった場合を想定し、危機管理の一環として、休日の朝ごはんを、たまに担当。
 
 両手にフライ返しを持ちフライパンのなべ底をジッと見る夫。
オッ、気合が入っているゾ!
私はといえば、妙な味付けのものは食べたくないので、さりげにチェックの体勢である。
・・・さぁ、始まった。
油を引き煙が出たら、なんと麺をほぐさず、そのままフライパンに入れる。
ガビーン!と思ったが、ここはジッと任せる。
・・・コレッかぁ?コレなんだ!常識を覆す方法とは!

 両面、玉のまま焦げ目を付けるように焼く。
「それから肉とキャベツを麺の横に置くんだ!」と得意そうに説明する夫。
そのまま、おもむろに麺、肉、キャベツを混ぜだす。
オッと、肉の臭み消しに塩コショウも忘れずに。
暫らく炒めたらソースの登場だ!

 「ねェ・・・。どれ位入れたら、いいかなぁ?」
ソースの分量を尋ねられる。
「普段、食べる料理にかける量を想像して加減すれば?!」と答える。
ついでにふと今、思いついた提案をする。
「和風ダシの素を少し振りかけよう!」と勝手に振りかける私。
定番の水は絶対入れてはいけないそうだ。
麺の表面が水分を含み、ダラダラ焼きそばになる大きな原因とか・・・。

・・・・・・・ およそ10分後。
出来ました!
どれ、お味のほどは・・・一口食べてみる。
「ホントだ!パリパリしていて、美味しい!」感激である。
味付けも辛すぎず、薄すぎず丁度良い!
「すごい!すごい!今日から焼きそばの達人と呼ぼう!」
単なるマグレかもしれないのに大げさである。

 こりゃー、いいや!パクパク食べながら「これからも焼きそばは、よろしく!」と夫に伝える。
すぐさま夫の口から食べかけの麺が咳と一緒に飛び出した。


石楠花(シャクナゲ)滑り込みセーフ

烏帽子岳 (えぼしだけ)   872m   岐阜県

 「うー・・・痛い!」 腿の内側辺りが痛い。
夜になっても、痛みは引かない。
ガイドでは体力度Bランク。
しかし、思いのほか急登が延々続いた。

 石楠花の群生があるとの記事に、ウもスもなくこの山に決定する。
しかし登りが苦しく、すっかり石楠花など頭から吹っ飛ぶ。
息を弾ませ、小休止を何度も取りながら登る。
延々と続く階段を、ふと見上げると視界の上まで続いている。

 これ以上見上げると、ゲンナリするので1mほど前方を見ながら、ひたすらゆっくり上る。
後ろから夫がノーテンキな声で、やれ昨日こうだった、だの、この前のTVがあーだったねぇ、だの話かけてくる。
わたしゃ、それどころではない!
返事をするのさえ、億劫だ。

 暫らくして、わずかな上り傾斜が付いた尾根歩きになる。
それすら、少し辛く感じる。
だが相変わらず 「ホントに気持ちの良い道だねぇ!」 と全く、意に介さない夫である。

 およそ、1時間半を過ぎた頃。
レンゲツツジのオレンジ色の花が目立ってきた。
丁度、みごろで新緑に映えて美しい。
苦しい身が報われるような思いだ。

 シロヤシオやサラサドウダンツツジも見つけた。
沢山はないが、ポツリポツリと登場する。
その度に休憩して、写真を撮ったり眺めたりと楽しむ。
やはり、その季節にしか咲かない花との遭遇は、山登りの大きな醍醐味である。

 時間的にも、もうすぐ頂上だと見当を付けたときだった。
足元に白から薄桃色に変わっていく、漏斗状の花びらが幾つか落ちている。
ハッとして見上げたら石楠花だった。
残念ながら一足遅かったらしく、一塊になった花々は2,3あるだけだ。
だが、遅咲きのそれも、優しく上品で可憐である。

 それまでの疲れが吹っ飛んでしまう瞬間である。
もう、1、2日遅かったら会えなかった。
山で見る石楠花は、なぜこんなに美しいのかと思う。
人間に庇護されることなく、自らのみの力で花開く強さが美しいのか・・・。

 ・・・しかし、足が痛い。
帰路も同じ道を使った。
下りは下りで、重力に乗って落ちようとする身体を止めなくてはいけない。
またもや、苦しい。
やっとの事で車にたどり着いた。

 「ねぇー、今日のコースけっこうキツかったよねぇ」 と夫に同意を求める。
が、涼しい顔して「そうかなぁー?」
・・・・どこまでもタフなオジサンであった。

お初です!群馬県


 GWに百名山のひとつ、赤城山に登った。
予定していた連休の3日間、2日目のみ曇りで、あとは雨に降られる。
それでも自宅を出て暫らく天気は持ち応え、ときどき陽も射していた。
お陰で、いつも楽しみにしている中央道からの眺めは充分堪能出来た。

 高速で恵那山トンネルをくぐり、北に向かうと飯田辺りから、左に中央アルプス、右に南アルプスが見える。
昔から大のお気に入りの景色だ。
遠くを悠然たる3000m級の山々が、車窓越しに流れていくのだ。
圧倒的な迫力である。
木曽駒ヶ岳など白く雪化粧した頭が青い空に映えて、惚れ惚れしてしまう位美しい。
手前に並ぶ、縁取りのような低山は新緑が眩しいほどキラめいている。

 長野道に入る頃には視界に入る山も低くなり青空が大きくなる。
里はヤマブキの黄色や、りんごの木の白い花、山桜の桃色など春らしい彩りで華やかである。
暫らく田園が続く牧歌的な風景を楽しんだ後には、今度は北アルプス雄姿の面々が見える。

 街や住んでいる人間は、時代とともに入れ替わる。
だが、山は悠久なる時を、ずっとあるがままで、そこに在る。
ほんのひと時代だけ係わっている自分。
人の世の儚さに厳粛になる。

 およそ5時間ほど高速を走り続ける。
上信越自動車道の県境を伸びているトンネルの途中に、長野と群馬の境の表示が見えた。
群馬県を訪ねるのは夫婦ともに初めてである。
「群馬、群馬、群馬だよ!」と二人で歓声を上げる。
初めまして、の気分全開だ。

 子供達が小学生になった頃だった。
世界は沢山の国、日本もいくつかの都道府県から成り立っていることを知らせたかった。
地球儀を手に入れた。
トイレに世界地図を張った。
たまに日本地図も登場した。

 当時、家族間で、かなり盛り上がったゲームが世界国名当てゲーム。
その名の通り、白地図で示された国名を当てるという単純なゲーム。
やる気を引き出す為に親である私達が500円ずつ、子供達が10円ずつお小遣いを出し合い、合計1030円を優勝賞金にした。

 ビックリ驚いたのは、出した問題50カ国、すべて正解はパパと、なんと当時小学2年だった次男である。
パパはさすが!と感心したのも束の間で、解答用紙をしっかり見たら慌てて書いたらしく、ガーナをガナと書いてあった。
文句なく次男の優勝に決定!
1030円の賞金をゲットして得意満面な次男であった。
始まりは、いきなり「10日後にやるよー!」なんて予告してから、さぁー大変!
親も面子があるので必死で憶えた。

 ・・・そんなゲームで都道府県もしっかり憶えたつもりだったが、やはり丸暗記だけでは自分のものにはならない。私自身、未だに関東東北や九州は位置がイマイチ怪しい県がある。

 強いのは、やはり旅行で訪れた場所である。
しっかり、その場でのシチュエーションとともに記憶に刻まれる。
お正月に訪ねた四国だって、もうしっかり4つ正確に当てはめられる。

 今回、群馬も必ず記憶に残るだろう。
群馬の東は漢字で書けるか?栃木!
西は長野、北は新潟、南は埼玉である。

 そんなワケで、お初です群馬県!

「うなぎあたま」ってなんだ?


 今日、嫁に行った娘がウチに来た。
私達夫婦がGWで登ってきた赤城山の、お土産を取りに来たのだ。
予め2種類の品物名を提示してあり、どちらがいいかリクエストを聞いておいた。
夫婦で相談した結果、どちらも捨てがたいので半分ずつ欲しいとの事。

 一つ目の箱はワカサギの甘露煮。
続けて、もうひとつの箱を差し出す。
娘は言った「あれー・・・ウナギアタマは?」

 「ウナギアタマ?・・・何、ソレ?」と私。
「だって、メールでワカサギとウナギアタマってあったから、どんな食べ物なんだろうねぇー、と二人で考えてぜひ、食べてみたいと思って・・・。」
・・・・・・・・・事情が飲み込めた。

 饅頭をウナギアタマと読んでいた娘であった。
確かに似ている。
だが、違う!

 そう言えば、長男が大学1年の時、夕飯時にしきりと会話の中で「ハッキ、ハッキ、ハッキが判るといいよねぇー」なんて言っていた。
しばらく???
そのうち文脈から合点がいった。
簿記の事であった。

 またまた、そう言えば、友達が普通の顔して郵便局で「タメカエ下さい」と言い、さりげに局員に「カワセ(為替)ですね」と訂正された話を思い出した。

 またまたまた、そう言えば介護の仕事を始めた頃の私が、月例会議で熱意あふれる発言をした。
その後リーダーから、なにげに「セイネンゴケンニンとはセイネンコウケンニン(成年後見人)の事ですね」と念押しされた。

東村に思いを寄せて


 桜便りが、あちこちで聞かれる頃だった。
そろそろGWに登る山を決めないと、宿の手配が間に合わない。

 去年、思いつきのように決行した大山(鳥取県)。
寸前に予約の手配になった。
空いている宿が1件しかなく、仕方なくそこにした。
犬も一緒にOK、という触れ込みの宿だった。
犬は好きだ。
だが見も知らない犬とのペンションライフは、イマイチ乗り気がしなかった。

 案の定、キャンキャン吠える小型犬を連れた家族の横での晩ご飯と相成った。
それだけならまだしも、夕食のメニューが、なんと「ナベ!」
そう、あの寒い季節定番のナベ!
なんで、初夏ともいえるGWでナベなんだ!
小型犬が走り回る座敷(ペンションに座敷、というのもヘンだ!)で季節外れのナベを囲んだ時、しみじみ思った。
やっぱり、予約は早めに取ろうと・・・。

 今回はその教訓を活かし、早めに計画を立てる。
常日頃、夫と少しずつ百名山を制覇しようと決めているので、リストを前に相談。
休みの都合で、往復も含めて3日以内で行ける距離の山。
お正月に西へ出かけたので、今度は東が良い。
結果、赤城山(群馬県)に決定。

 あの「赤城の山も今宵限りだ・・・」の赤城山である。
念のため、天候悪化や時間の空きに周れるかもしれない観光スポットも調べる。
ふと、気が付く。
富弘美術館がある東村が群馬県だ!
地図で確認する。
赤城山から20、30キロの距離である。

 星野富弘 S21年生まれ、群馬大学を卒業後、体育教師として中学校に赴任。
わずか2ヵ月後、クラブ活動の指導中、誤って鉄棒から転落。
以後、四肢マヒにより手足の自由を失う。
その後、口に筆をくわえて詩画を描き始め、その作品が全国で感動を呼ぶ。
故郷に自身の詩画が常設されている美術館(富弘美術館)あり。

 約、20年ほど前に手にした星野さんの著書「風の旅」「愛、深き淵より」の深い感動を思い出す。
ページを開くと、心に刻み付けるように自分で引いた線が何本もついている。
その箇所は今でも胸を打つ。

 仲良しだった入院仲間がだんだん状態が良くなり、ずっとその仲間の回復を願っていた筈の彼だったが、自分の心に湧き出た嫉妬心に、苦しんだ時の手記。
・・・周囲のひとが不幸になったとき自分が幸福だと思い、他人が幸福になれば自分が不幸になってしまう。
自分は少しも変わらないのに、幸福になったり不幸になったりしてしまう。
周囲に左右されない本当の幸福はないのだろうか・・・

 また、自分の身体は、もう一生元に戻らないという事実に打ちのめされ、自殺を考えてしまう。
だが、様々な出来事を通して彼は蘇る。
その場面にも線が引いてある。

・・・いつかはわからないが、神様が用意していてくれる、ほんとうの私の死の時まで胸をはって一生懸命生きようと思った。
井上陽水の「人生が二度あれば」という曲が、ときたまラジオから流れてきた。
でも私は人生が二度あればなどと考えるのはよそう。
今の人生を精一杯生きられない者が、二度目の人生など生きられるはずがあるだろうか。・・・
                                        星野富弘著「愛、深き淵」より

 
 何だか赤城山より、星野さんの故郷に行ける!という事が大きな楽しみになってしまった。
訪ねた時に、じっくり感動したいので、もう一度著作を読み直そう!
赤城山、桐生、渡良瀬川そして東村!地図の中の地名が鮮やかに生きてくる。
読みながら、こんなに良い本と巡り会っていたんだ、と改めて感激する。

 
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