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あやこ3

Author:あやこ3
 やたら元気な50代
ノーテンキな夫と二人暮らし。
結婚してウチを出た長女と長男と次男あり。


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ネコを被る日



 昨夜くつろいでいたら、いきなり次男に都合を聞かれた。
次男の大学の友達数人が今夜、我が家に泊まりに来るがよいか?との事。

 そういえば、学校でどんな友達と付き合っているのか全く情報がない。
こりゃ、見ものだと手放しで賛成した母。

 だが、今朝しっかり釘を刺された。
「絶対に普段のテンションとリアクションで(友達の前に)登場しないで欲しい!」と。

                  (・・・彼女が初めて来た頃にも、同じ事を言われたっけ・・・)



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カバン買って上げるよ!


 東京から夜行バスで朝帰りの次男。
なんとかやらのライブを観に行って来た、との事。
手にはちゃっかり渋谷で買ったと言う、吉田カバンの3ウェイバック。

 次男は昔から袋物が大好きである。
カジュアルな場でのパッチワークのトートバックや、畏まったビジネスバックなど、なかなか味があるものを持っている。
そんな次男が、大学1年の時から通学用に愛用しているのは、吉田カバンの黒いリュックだ。
最近、そのリュックの底が当たり前だが傷んで来た。

 代替用に、ねだられていたのが今回手に入れたバック。
モノも確かに良いが、お値段も良い。
親のスネかじりの身にしては、贅沢と何度も却下。
同じリュックならまだ赦せる、と最終的に妥協案は出しておいた。
ところが、3日程前に大学院合格となり、その拍子にうっかり3ウェイカバンを買ってやるハメになった。

 3人目の次男。
本人希望により、大学院に進学する事になった。
私達夫婦としては長年、合言葉のように3人目が大学卒業までは何としても頑張ろう!と経済的に必死であった。
大学院は、まさに想定外である。

 最も以前から、大学院の学費まで面倒見切れない。
自分で、出世払いの奨学金を借りて行ってくれ!と伝えてはある。
それでも生活費は、全面見なくてはならない。
大人1名分だから、なかなかである。

 私達夫婦も、そろそろ老後の生活を視野に入れた計画を、考えないといけない。
年老いて金銭的な準備が全くないと、子供に寄りかかる事に成りかねないので結局は子供の為でもある。
そもそも子供の学費だからと言って、ない袖を振りちぎってしまうほど、お人好しでもない。
大学まで出したんだから、もう充分だろう!という気もある。

 そんな気もあったので、何となく大学受験ほど切実感や緊迫感がない、この何ヶ月かであった。
だが、つい最近、次男の受験勉強の形跡を見た時の衝撃。
複雑な計算式の羅列の紙が、おびただしいほど捨ててあった。
こんな込入ってる意味不明な、難しいことをやっているのか!と驚く。
(普段は母と、とんでもなくバカバカしく下らない話をして、笑いこけている次男である。)
同時に、こんなに勉強してるんだから、何としても合格して欲しいと願った。

 親子共々、緊張で迎えた発表日。
無事合格のメールを受け取った時、大喜びで調子づき「吉田カバンの3ウェイ、いいよ」って、うっかりメールを返してしまった母。
気が変わらぬうちにと、3日と開けずサッサと買ってきた次男。
満面の笑みで「立て替えておいたから、代金は僕の口座に振り込んでおいてね!」と、きた。
さすが3番目、したたかである。

 それにしても、ありがたいのは義務教育を除き、大学院まで入れると9年勉強する事になる。
全て国公立なので、ほとんど税金で勉強させて貰って来たし、もう2年プラスである。
ここは世の為、人の為、何か優れた研究、開発をして貰いたいもんだ。

 こちらは、縁の下の力持ち。
しょうがないが、また想定外の2年、養ってやろう!
なんだか、少しため息が出そうだが、が・ん・ば・る・ぞ・!っと。

 ・・・だが、やっぱり3ウェイじゃなく、リュックで良かったんでは?と未だに未練がましく思う母であった。


赤岳登山こぼれ話 

ゴミ拾い隊

 山道では、見知らぬ者同士でも、会えば必ず挨拶を交わす。
そのせいか、山をやる人は何となく良い人ばかり・・・と、ウッカリ錯覚してしまいそうである。
だが、たまに落ちている登山道や休憩場所のゴミ!
あきらかに、それが妄想だと気付く。
山をやる人間にも平気でゴミを落とす不届き者がいる!

 いつの頃からか、単に登るだけでは申し訳ない。
せめて、自分が辿ったルートだけでもゴミを拾って下山しようと思いつく。
捨てる人間が居れば、拾う人間も居る。
いたちごっこだが、そうしたくなるほど自分は山から恩恵を受けている。
受ければ何らかの、お返しをしたくなるのが人の常だ。

 また何かで読んだ。
天然記念物で絶滅危惧種の雷鳥が、異物を食べて死んでしまう事がある。
体内には飴などが入っていた包装の切れ端である小さなビニール片が入っているのだ。
こうなったら、捨てた者には自覚がないだろうが、りっぱな犯罪だ。

 今回の赤岳も何点か拾って帰った。
一番の大物は中岳の途中、いかにも腰掛けて休憩にピッタシの広場の石の上。
空のペットボトル1本、直立していた。
石と石の間には、ティッシュの丸めたのが押し込んであった。
これらは、あきらかに故意だ。

 他人が捨てたティッシュを拾うのは、さすがに軍手でも「ゲッ!」となる。
ところがどっこい、そんな場合にジャーン!
用意したのが100均で買った、角砂糖トング!
小さいのでリュックの横のポッケに入る。
簡易ゴミ挟みである。
それでつまんで、いざポリ袋へ!
どうだ!

 他にも、きゅうりのQちゃんの空袋の切れ端、チョコの包みの銀紙のかけらなどなど・・・。
いつか、捨ててる者を見つけたら、嫌味たっぷりに目の前で拾い、大袈裟にポリ袋を広げ、うやうやしくその中へ入れようと思う。
あーッ、なんて嫌なオバサンだろう!でも、やってみたい!




山小屋の風呂

 山では水は貴重だ。
従って洗顔歯磨きも石鹸類は使わない。
最小限の水で済ます。

 なのに、今回の山小屋は風呂があった。
しかも、昔懐かしいお釜型、いわゆる五右衛門風呂である。
直径2mくらいは、ありそうな大きなお釜である。
底には木製のスノコがはめ込まれている。

 繰り返すが山では水は貴重だ。
入り方はその釜から湯を取り出し、申し訳程度に掛け湯する。
そして中へザブンと入り、浸かる。
もちろん皆そうだから、湯はハッキリ言って濁っている。

 でも山頂近くの、その山小屋に到着した時は身体が完全に冷え切っていた。
話を聴いただけでも、ぜひ入って暖まりたいと痛切に思った。

 だが、スッポンポンになり、実際その湯の汚れ具合を見たら躊躇した。
でも今更また服を着るには、あまりにも寒くて震えていたし、何より疲れてクタクタだった。
が、ふと遠くに目をやると蛇口が見えるではないか♪
そうだ!風呂から上がったら、一掛けだけあの新品の湯を掛けて出ればいい!と、ドボンと入った。

 後からお釜に入って来た、見知らぬ登山客のお姉さんと話が弾む。
「寒い時、しかもこんな山の上での湯は、なんとありがたいんだろう!」などと意気投合。
先に出た私は、さっき見かけたその蛇口近くに移動。
その時お姉さん、湯の中からさりげに言った「ソレ、出ませんよ!」
ガビーン!早く教えて欲しかった・・・。

 さすがに、夫と息子は話を聴いただけで、そのままで寝る!と釜には入らなかった。



アクシデント

 「さぁー!これから登るぞ!」という登山初日。
駐車場に着き、登山靴に履き替えていたら息子が叫んだ。
「靴の底が剥がれた!」
見ると片方の靴の底が、つま先から土踏まず位までベロンと剥がれているではないか!
よくよく考えたら、彼の靴は高2の時買ったものだ。
もう6,7年経つ。

 困ったなぁーと3人で頭を抱えていたら、通りかかった駐車場係りのオジサン。
このオジサンなら何とかしてくれるんでは?と思い、状況を訴えた。
もしかして、強力ボンドでも貸してくれるかも!と期待を持つ。
だが、オジサンは言った「紐で靴の甲と底を廻して縛れば良い」と。

 でも縛るって、そんな紐は持ち合わせていない、と返答すると得意そうに「いい紐がある!」
と何処かへ消えてしまった。
暫らくしたら、再び紐をぶら下げたオジサン登場。
何でも、その紐は普通の紐ではなく、超丈夫な紐なんだ!と聴いても居ないのに、紐本来の用途を喋り始める。
話によるとオジサン、前職が電気の工事屋さんで、その現場で使っていた強度の強い紐だそうだ。
こっちは早く登りたかったが、成り行きじょうオジサン持参の紐の自慢話を黙って聞く。

 オジサンの話が一段落したら、その紐で靴の先から緩まないように、しっかり縛る。
これなら大丈夫だとオジサン太鼓判を押してくれる。
せめて紐代を支払いたい、という私達の申し出を断り、笑顔で送り出される。

 歩き出したが、とっさに予備でもう2本紐を持って行こう、と私は自分が履いて来たスニーカーの靴紐を外してリュックに入れた。

 何とか一日目、紐は持ち応えた。
それでも山小屋に着いてから、次の日の予定歩行距離を大幅に減らすことにした。
当初、赤岳から横岳、硫黄岳と縦走する予定だった。
だが、応急処置の靴紐の事を考え、一番靴への負荷が少なく、優しいルートにしようと計画変更。
結局、赤岳のみとした。

 心配したが、オジサンの靴紐は結局、駐車場まで2時間弱となった行者小屋で切れた。
また同時刻に、もう片方の靴底もベロンとなった。
よく健闘したではないか!・・・では、それからどうするのか?
念の為にと持って来た、私のスニーカーの紐を利用するか?

 夫が、ふと登山靴の紐が異様に長いことに気付く。
続けて嬉しそうに「一旦、登山靴の紐を解いて、靴の先と剥がれた底を一周させ、そのまま足首上まで編んでいけば?!」と案を出す。
なーるほど!そうだそうだ!と残り2名も賛成する。
結果、なんとかそれで無事、駐車場まで守った。

 昨日の駐車係りのオジサンがニコニコして寄って来た。
ちゃんと登って来れた事を報告し、再度お礼を言う。
よかった。よかった。
これからは、丈夫な紐も少しリュックに入れておこう、と学習した3人であった。

 って言うより、行く前に、ちゃんと道具を点検しろ!と思った。


感動の爆発

赤岳 (八ヶ岳)  2899m    長野県

2008年8月14日  登山歩行時間   約5時間
自宅(3:55)→諏訪SA(6:40~7:20)→諏訪南IC(7:30)→登山口 美濃戸(8:30)→行者小屋(11:30~11:50)→地蔵尾根→山小屋 天望荘(13:45)    

     8月15日   登山歩行時間   約5時間
山小屋 天望荘(6:30)→頂上(7:10~8:20)→中岳(9:30)→行者小屋(10:30~11:30)→美濃戸(13:35)→もみの湯(14:25~15:05)→恵那SA(17:05~18:00)→自宅(19:40)


 何日も前から楽しみにしていた赤岳。
4,5日前から当日の天気予報に一喜一憂していた。
メンバーは夫、長男、私の3年前に踏破した富士山登頂トリオ。

 15日早朝、山小屋周辺は深い霧に包まれ、横殴りの強風が吹いていた。
前方、10mほど先は全く何も見えない。
それでも朝食後、一組ずつ登山客が赤岳頂上の方角へ消えていった。

 何しろ、素人登山トリオである。
背中を押してくれる言葉が欲しくて山小屋の主人に聞いた。
「この天候で(私達でも)登れますか?」
ニッコリと頷き「・・・大丈夫ですよ、騙されたと思って行って来て下さい!」

 ずっと赤岳を見つめて生きて来た人に言われ、勇気100倍。
いよいよ3人でGO!スタートだ。
岩だらけの急登を上り始める。
聴こえるのは風の音と自分の荒い息遣いだけだ。
いつもそうだが他の2人は、どういう身体の構造をしているのか平然と登っている。

 時折、鎖を頼りに登る箇所や直角に見ま違うほどに取り付けられた梯子も登場。
下を見れば卒倒しそうな斜面の場所である。
慎重に確実に一歩一歩登る。

 その内、霧が晴れてきた。
当然モチベーションがグッと上がる。
最後の岩塊を登った。
とうとう登った頂上には、10人ほどの先客がいた。

 頂上から、ゆっくり周囲の景観を見回す。
雲海が昇ったばかりの朝日に輝き、言葉を失うくらいの見事な世界が広がった。
南東には富士山。
その左右対称の美しい形の頭が雲海に、ぽっかり浮かんでいる。

 荘厳さに満ちた眺望だ。
あまりの美しさに、しばし呆然となる。
この美しさに遭遇する為に、昨日からの登りの辛さ、苦しさがあったのかと納得がいく。
今、このひとときで充分過ぎるほど報われた思いがする。
魂が震えるような感覚だ。

 半世紀近く生きて来て、まだこのような感動に遭遇出来るとは思ってもみなかった。
幾つになっても、人生捨てたモンじゃないと思わされる。
流れる汗を拭きもせず、あきるほど富士山を見つめる。

 ここへ辿り着くのに登り6時間弱という、自分にしては、かなり堪えた山だった。
肩で息をし、そこへ次々に立ち憚る岩。
無心に、ひたすら頂上を目指して進んで来た。

 もともと安楽が大好きな自分である。
出来れば、ゴロゴロしていたいのが常である。
それだけに頂上に立っている事が感無量だ。

 ここに立てたこと。
健康、家族、機会、経済、あらゆる事に感謝の念が湧く。
特に、全てのマネージメントをして下さった神様に深く感謝。




                       08-08-15_07-14 雲海に浮かぶ富士山

                      赤岳頂上から見た雲海に浮かぶ富士山


踏んだり蹴ったり・・・。

木曽駒ケ岳   2956m  岐阜県

自宅出発(4:36)→駒ヶ根IC(7:30)→菅の平バスセンター(7:50)バス乗車→しらび平(8:20)ロープウェイ乗車→千畳敷駅 標高2600m(8:30)→宝剣山荘(10:00)→木曽駒ヶ岳リタイヤ(10:30)→夫だけ宝剣岳登頂(11:10)
下山→千畳敷駅(12:30) 落雷の為ロープウェイ運行停止→ロープウェイ乗車(16:30)→菅の平バスセンター(17:30)→自宅(20:30)

 
 お盆休みに八ヶ岳赤岳登山の計画があり、その足慣らしとして急きょ、前日に行ってみようと話がまとまる。
朝、起き掛けにネットで雨雲の動きをチェックする。
午前中は何とか良さそう、とのことで決行!
丁度、高山植物が見頃で一面お花畑との情報もあり、ワクワクして出発。

 ところが、ロープウェイを降りて暫らくしたら、頭痛が始まった。
自然とペースダウン。
駒ケ岳登頂は今回で3回目だ。
3年前に初めて挑戦。
だが頂上まで、あと数十メートルの所で高山病で惜しくもリタイヤ。
たぶん、ロープウェイで一気に高度を上げるので、なりやすいのだろうと思う。
だが次の夏リベンジ、見事に頂上踏破に成功している。

 しかし、今回も1回目と同様の症状が出た。
それでも何とか、ゆっくりでもと、途中の宝剣山荘まで頑張った。
が、あまりの足の上がらなさに、見かねた夫が中止の決定を出した。
その場で取り合えず休む。
私が休んでいる間に、夫は隣の宝剣岳に登って来ると言う。

 宝剣岳は、そこから30分ほどの所にある岩山だ。
鎖をたよりに岩場を登る、見るからに恐ろしそうな山である。
何人かが1列になって登って行くのが見える。
だが、さすがに頂上の1m四方の岩ひとつには、なかなか立てる人は居ない。
夫も実際行って見て、躊躇したらしい。

 とにかく、その頂上の岩に登るのには、指先だけが掛けられるスペースしかない。
よって、ほとんどの人がその最後の岩の下で、あきらめリタイヤするらしく、下から眺めていても、なかなか立つ人は居ない。
当然、そんな場所は登るより降りるほうが恐いのだ。

 それでも夫は暫らく考えてたら、降りられる道筋が想像出来たのでチャレンジしたと言う。
みごと上がったが、恐ろしいので、しゃがんでピース。
予め、居合わせた他の登山者にカメラを預けてあったので、その瞬間はちゃっかり写して貰ったと言う。
残念ながら、私は不調でヘロヘロだったので、見逃した。

 夫が無事、宝剣岳から帰還したので一緒に下山。
頭痛と身体のだるさと戦いながら、ゆっくりゆっくり降りていく。
高山病は、高度を落とせば良くなるので駅到着後、直ぐにロープウエイで降りようと順番待ちの整理券を確保。
だが、乗車出来るのは、それから1時間先に指定された時間の整理券であった。

 身体の不調でフラフラになりながら、駅の待合室で座って待つ。
その内、案の定、天候が急変。
雷が鳴り出してしまった。
そうなったら、ロープウェイは安全確保の為、運行停止である。

 ガビーンと頭痛に苦しむ頭で、その放送を聴く。
見る間に外は大雨。
駅の中は避難して来た人で、いっぱいである。
空気が悪くなるので、雨が入り込まない出入り口は開けっ放しだ。
当然、天候の悪化とともに凄まじい冷気が入って来る。

 しかも、ここはロープウェイで気軽に来れてしまうが、れっきとして3000m近い標高である。
常識的に考えても、標高は1000m上がるごとに気温は5,6度下がる。
単純に下界が35度なら、ここは20度ちょっとである。
そこが雨風の天気になったんだから、たぶん15度ない位だと思う。
それなのに、全くその件に関しての無防備な人が多いのには驚いた。

 ひとめで、お気楽な観光客と判るのは、下界そのままのスタイルの人達。
半袖のTシャツ、ハーフパンツなどで、長袖など全く準備なし。
何しに来たのか、足は素足でサンダル履きという、ノーテンキお姉さんも居た。
当然、駅構内あっちこっちで寒い寒いの、つぶやきのオンパレードである。
大人は自業自得だが、連れて来られた薄着で震えている小さい子供達が、とっても不憫だった。

 寒さと体調不良の中、頭を抱えジーッと待つ事それから3時間。
やっと雷雲が去り、再び運行したロープウェイ。
依然として、くたばりそうな身体を引きずりながら乗り込んだ。

 予定としては天候悪化になる前の、午前中には降りてくる筈だった。
まさに高山病、ロープウェイ停止と踏んだり蹴ったりの登山であった。
だが、やはり雷や雨から間に合い、屋内で休めたことは大きな感謝だ。

 ・・・しかし、こんな目に合っても、たぶんまた挑戦する、懲りない私である。


                                      2008年8月9日


 
                   08-08-09_09-03 千畳敷

                千畳敷カール
               ここを登り切って暫らく行った所でリタイヤ
 

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