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あやこ3

Author:あやこ3
 
ノーテンキな夫と二人暮らし。
独立した子供3人あり。


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飛行機を眺めながら・・・。


 三日前、4月25日は28回目の結婚記念日だった。
しかも、今年は結婚式を挙げた曜日まで一緒だった。
ちょうど連休になる!

 これに気を良くして、1ヶ月くらい前から一泊で東京ディズニーシーへ行こうと夫と計画。
ランドの方は子供達と過去、何度も行ったがシーは5年前に夫婦二人で初めて行って来た。
アトラクションよりショーを楽しみに出かけたのだ。

 シーは大人のディズニーとのふれ込み通り、シックな華やかさの佇まいで、ショーは小洒落た雰囲気が漂っていた。
ガイド片手に、子供のようにワクワクと園内、周った記憶がある。

 ディズニーリゾートの一番良いところは、仕事に対する誠実さと熱心さが、ほとんどのスタッフから感じられることだ。
どんな仕事でもそうだが、ソレが感じられない仕事人は嫌いだ。
スーパーのレジ係りのオバサンですら、ソレを感じられる人のところに並んでしまう。

 また園内、ファンタジックな空間を保つ為、徹底的に整備保全が行き届いている。
入場を待つ為の、並ぶ通路の壁の飾りなど細部にまで気を配ってあることも感心する。
アトラクションやショー以外にも様々な面で、感激や新鮮な驚きがあるのだ。

 だが、日にちが迫っていた数日前、当日の天気は全国的に強風で雨、との週間予報が出た。
ホテルのキャンセル料が発生しないギリギリ3日前に再度、予報を確認。
やはり決定的に天気は悪そうで、残念だが延期に決定。
雨では屋外のショーが全面中止だからだ。

 それでも、せっかくの記念日なので食事でも、と急きょランチに行く事に決定。
候補として以前から行ってみたかった中部国際空港の仏料理のレストランが、あがった。
空港内でも飛行機の離着陸の場所に、最も近い位置にあるレストランだ。
飛行機の様子が、間近に見られるというステキなロケーションがウリである。

 キャンセル次の日、直ぐにレストランに予約を入れると、幸運なことに席の空きがあった。
以前、何日も前から予約の電話を入れたが満席で取れなかった記憶が数回あったので、ことさら嬉しい。

 果たして当日、予報どおり凄まじい雨の中、空港に到着。
そのビューポイントにあるレストランは、日本料理の店と仏料理の店の2店ある。
日本料理店は国際線の方を向いているが、仏料理店は国内線だ。

 国内線側だったので、小さな飛行機が多かったが、思いのほか沢山便数が出ているのには驚いた。
席も、天井まで届く全面ガラス張りに向かって二人で並んで座る、ボックス席である。
大きな窓から、広大な発着場が一面眺められる、という贅沢な席だ。

 強風と雨で、霞みかかってはいたが、そんなことお構いなしに飛行機の離着陸は繰り返された。
飛んでくる便も、飛び立つ便も、その瞬間は気持ちが高ぶる。
飛行機ほど人間の英知が凝縮された物体は、ない気がするのだ。
なんだか見ていると、自分が造ったワケでもないのに誇らしい気持ちになる。

 飛行機に乗っているであろう人達の、人間ドラマを想像するのも楽しい。
自分達自身も過去の旅行や長女の新婚旅行、長男の留学の見送りに来た時の事など、幾つか飛行機にまつわる懐かしい思い出が甦って来る。
ランチをいただきながら、目は窓の外に釘付けである。

 さて、結婚28周年。
ここまで来ると夫婦も、もう無二の親友みたいなものだ。
『3人の子供達を育て自立させる』 という共通の大プロジェクトが、あと2年で終わろうとしている。
次の夢に向かって、少しずつシフトチェンジである。

 それでも、やっぱり今の希望は月並みだが、夫婦二人、元気に毎日を楽しんで過ごしていくこと、そして3人の子供達それぞれ自立後、各自、楽しいマイホームを創っていってくれること。

 ・・・・・・なにしろ4月25日は、めでたい結婚記念日。
日々バタバタと忙しいが、心に留めておかなくては、いけない日だ。
つまり、我が家の創立記念日でもあるからだ。



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コツコツ手作り工房


  現在、着々と古い倉庫をリフォームして工房を作っている。
と言っても、ほとんど夫が空いた時間にゴソゴソ動き回って、やってくれている。

 昨日はミキサー車に来てもらった。
あらかじめ、鉄筋を張っておいた工房の床にセメントを流し込むためだ。
その流したセメントを夜、夫が小さなコテで押さえて表面をツルツルに慣らしてくれた。
床に這いつくばるような不自然な姿勢で、約2時間半の格闘であった。
おかげで、夫は朝から筋肉痛である。

 私はと言えば時々、作業中の夫の様子を覗き、激励するだけであった。
それでも一応何度か、さりげに協力を申し出た。
が、私の不器用さを骨の髄まで知っている夫としては、反ってやり直しの手間が掛かると思ったのか、ずっと拒否された。
まっ、妥当な判断だろう・・・・・・。

 とりあえず今、私の任されている仕事はイメージ通りの工房にするための、様々な建築資材を決めないといけない。
工事の進み具合に合わせて、取り寄せなくてはならないからだ。

 今、外壁の材質とドアの材質を考えている。
建物を構成するものは、木や土など自然素材をまず考えたい。
酵母の為にも、なるべく化学物質のものは避けたいからだ。
イメージ的にも、自然な感じにまとめた方が好みだ。
その上で予算、リスク、手入れの仕易さなど総合的に考え、判断したい。



              09-04-22_16-59セメント流し押さえ


            まず、床を整え、その上に石窯を作っていく。
            壁や屋根など、まだ倉庫小屋そのものである。


庭仕事おぼえ書き(春)


 休日の今朝、気になっていた種まきをした。
以前、友達から貰ったまま、なかなか蒔く機会がなかったのだ。
姫ひまわり、クリサンセマム・ノースポール、百日草。
ついでに2時間余り、草取りと伸びすぎたアイビーの手入れをした。

 このところ朝起きると、必ず庭を一巡する。
小さな庭に、所狭しと木や花々が植えてある。
すっかり暖かくなり、毎日めまぐるしい成長が見られる。
それらを一つ一つ、確認するのが大きな楽しみなのだ。

 特に、今、美しいのは榎の若葉。
陽に照らされると、輝くような黄緑色で、しばらく見とれてしまう。
その成長も、驚くほどのハイスピードである。
ほんの6日前までこんな感じだったのが

         09-04-12_10-27.jpg

今日はもう、ここまでワサワサして来た。

                  09-04-18_09-10.jpg


 夏になると、また涼しげな木陰を作ってくれる。
丁度、この下にウッドデッキがあり、テーブルセットが置いてある。
子供達が小学生くらいの時は、よくここで食事をした。
真夏の休日の夕飯は、天気さえ好ければ、必ずバーベキューだった。

 今は四季を通して、夫婦2人のティーコーナーである。
椅子も、2人掛のベンチ以外は片付けた。
休日、ここでのんびりとコーヒーを飲むのは、ささやかな贅沢だ。
この、ひと時の為に普段忙しく働いているんだ、とも思えるほど心穏やかな時だ。

 しかし、この榎、実は勝手に生えて来たのだ。
たぶん、野鳥が種を運んできて、知らない間に芽が出て来てたんだと思う。
14,5年ほど前に気が付いた。
ノンキな事に、当時すでに自分の身長を越えていた。
 
 長い間、3人の子供達の世話で忙しく、庭はほとんど構っていなかった為である。
知らない間に、子供達同様、すくすくと大きくなってしまった。
今では、2階の屋根の高さに届きそうな位である。

 榎の木、って名前が判ったのも、この2,3年だ。
それまで、ずっとナンだろう?って夫と気にはなっていたけど、特に調べはしなかった。
けれど山へ行くようになり、樹木の名前を覚えたくて、色々調べていく内に判明した。

 花々の方では、チューリップはもう終焉だ。
パンジーも形が崩れてきた。
艶やかな黄色のヤマブキも、盛りは過ぎてショボンとした花々が混じる。

 今、とっても元気が良いのは十二単。
日陰でも良く育ち、次々にツルを出し、伸びた茎と地面との接点で、また根を張る宿根草だ。
おかげで毎年、毎年増えていき、あちらこちら一塊で群生している。


      09-04-12_10-22.jpg

  十二単という優雅な名前の通り、舌のような形の紫色の小さな花びらが何重か縦に連なり、高貴に スクッと立っている。
その花々が、いくつも固まって咲いているのは圧巻である。


                     09-04-18_09-11 juuni yoko




 今朝、嬉しかったのは2種類植えてあるツルバラの内、1種類一つだけ花が咲いていた。
カクテルという、赤い一重の直径5センチ位の花が、沢山付くツルバラだ。
咲き始めは花芯が黄色だが、時間が経つと周辺の赤と同じようになっていく。
壁を一面に覆い一斉に咲くサマは、燃えるような赤で、それはそれは見事である。

            09-04-18_09-20 kakuteru


 もう一方のクリーム色のツルバラもポツポツと固い蕾が付き出した。
門代わりのアイアンのアーチに絡ませている。
こちらはバラらしく一つの花の花びらも多く、直径10センチくらいの豪華な花が鈴なりに咲く。

 だが植えてから、もう何年も経つので、株がだいぶ弱って来ている。
枝ぶりや花の数も、全盛期の5分の1位しかボリュームはない。
昨年、夫が挿し木をして、今、根が付いたのが控えてある。
もう少し大きくなったら、今の老木と交代させようと思っている。

 アジサイ、石楠花、カラーも順調に葉が出てきている。
・・・・・・今、様々な庭木や花の変化が、最も速い季節。
身近な自然の営みの不思議さ、美しさに感動し、喜んで楽しむ春の日々。




ホットケーキより、リス!


 休日のお昼ごはん時、夫が留守なので一人でラーメンを食べていた。
丁度、朝から出かけていた次男が帰って来た。
彼女のちーちゃんも一緒だ、外から声がする。
ラーメン食べかけの手を休めて玄関に出て行く。

 子供の友達関係は大歓迎なので、お出迎えである。
と言うより、普段お婆さんばかり相手をしているので、若者が珍しいのかもしれない。
山に行っても、オジンとオバンのオンパレードだし・・・。

  お昼は?と聞くと食べてないと言う。
「ラーメンなら、あるから作って食べたら?」と提案。
あくまで、作って上げようとは言わない不親切な母である。

 二人は、何でもいいや、という、やや投げやりな感じで賛成。
母が食べている横で作り出した。

 いきなり、ちーちゃんが私に聞いた。
「鎌倉にある、ホットケーキが美味しくて有名な、お店って知ってます?」
「・・・うーん、知らないなぁー。 そもそも鎌倉は一回しか行った事ないし」と答える。
が、すぐさま思い出したように「そうそう、鎌倉って良いところッ!なんだわ!」とスットンキョウな声で畳み掛ける。

 二人は顔を見合わせ、何がそんなに良い所なんだろう、とでも言いたげに、こちらを見る。
母は張り切って答えた。
「普通の何処にでもある学校の校庭のフェンスに・・・・・・(もったいぶってしばらく引っ張る)・・・・・・リスが走っていた!」

 二人はいかにも滑った!というように、ガックリ拍子抜けする。
「ええええーッ、何、そのリアクションは!」って、母はちーちゃんに尋ねた。
ちーちゃん率直に答えた「何が出てくるんだろうって期待したら、リスって・・・そこかよッ、て思いました」
隣で次男も、そうだ、そうだという風に頷く。

 ガビーン!
(校庭にリスって、とってもいい環境だと思いませんか?・・・・・・。)
(とっても、羨ましい自然だと思いませんか?・・・・・・。)

 私は、だいぶ前に、何年かアメリカに住んでいたという人から、向こうでは庭にリスが来ていた、と聞き、たいそう羨ましかった記憶がある。
この辺りじゃ、せいぜい農道で、うっかりイタチを見る位が関の山だ。
なのに、ここ日本でもリスが来る校庭なんて、羨ましいではないか!
鎌倉、ステキ!と感動だったのだ。

 そうか、若者にとってはそういうことは、たいして良いところこでは、ないんだな・・・。
別に感動すべき点でもないんだな・・・。
母はナンか、ちょこっとショックであった。



                      09-03-24_12-52じゃむ

                 今の季節によく作る甘夏のマーマレードと苺ジャム



春のパン 蓬(よもぎ)あんぱん


 先週の休み、蓬(よもぎ)を取って来た。
犬の散歩コースから外れた所で、まだ伸びたばかりの柔らかい芽と葉だ。

 以前から挑戦したかったヨモギあんぱん。
風味を出す為に、酵母もヨモギから起こした。
昨夜、パン生地に練りこみ、一晩発酵。
今日、石窯で焼いた。
まずは成功。

                 09-04-12_12-18.jpg

  手前はシンプルな食事パン、右手奥が蓬(よもぎ)あんぱん、左手奥はオレンジピールパン

 お花見登山


衣笠山、滝頭山      278.4m 256.4m   愛知県 

 この山々は低山ながらアップダウンが適度にあり、手頃な鍛練に丁度良い。
歓声上がるビューポイントも幾つかある。
比較的、自宅から近いので年に1,2回は必ず訪れている。

 ここにやって来ると、まず麓にある公園に車を置き、登山口までおよそ10分ほど歩いて行く。
公園はもちろん、登山口までの沿道に、桜の木が沢山植わっている。
でも花盛りの季節には当った事がなく、一度は来てみたいね、と何年も前から夫と話していた。

 今回、丁度チャンス到来、満開の時に来る事が出来た。
思っていた通り、こんもりと薄桃色の花の並木が遠くの方まで続いている。
上からピンクの桜の畝を眺めたら、さぞステキだろうと期待いっぱいに登り始める。

 ・・・まずは衣笠山を制覇。
少し下って今度は、お隣の滝頭山に向かう。
二山縦走である。
距離は片道1時間半ほどで、たいした事ないが、けっこう急登なので中々手ごわい。

 滝頭山の頂上を少し下った所に 『恐竜の背』 という、丘のように出っ張った奇岩がある。
その岩には、ゴツゴツしているが大人2名ほど座れる位の、小さなくぼみがある。
座ると丁度背もたれ部分もあり、お弁当を食べるには打ってつけだ。

 もちろん眺望はバツグン。
周辺の山々とその稜線、眼下には滝頭公園、その後方には太平洋が広がるという大パノラマだ。
まさしく天空の特等席なのだ。

 果たして、たどり着き、下を見下ろす。
曇っていたので霞かかった薄い桃色が公園を覆いかぶさっている。
なんとも春に相応しく、優しい景色だ。
沿道沿いに続くピンクの帯も、ユラユラと蛇行している。
下から眺める桜も綺麗だが、上から見下ろすのも風情があり、なかなか良い。

 目を上げると近くの山も、点々と桜を見つける事が出来る。
みんな、この時とばかりに競って花開く。
桜だって、絶対バレてしまう。
こちらは 「見ーつけた!」 て、ひとつ、ふたつって楽しんで数え始める。

 ラッキーな事に3月下旬が見頃の筈の、ミツバツツジも満開である。
降りるコース途中には 『ミツバツツジの回廊』 なるものもあり、こちらも濃いピンクで艶やかに咲き揃っている。
クルクルと回廊を周りながら見物。

 足元には、オオイヌノフグリ、たんぽぽ、ホトケノザ、スミレ・・・花真っ盛りな、春の山である。



                        09-04-04_13-24滝頭山のミツバツツジ

                                  ミツバツツジ

  

時の流れの中で


大知波峠     愛知県豊橋市


 古い建物や使い込んだ家具などを眺めるのが好きだ。
壊れかかったり傷だらけのモノなら、なお嬉しい。
眺めながら、その対象にまつわる物語を想像し、頭の中で散策するのが、この上なく面白い。

 里山へ行くと昔は、さぞ流行ったであろう、みやげ物屋やロープウェイ乗り場などの残骸をみつける事がたまにある。
たぶん、昭和30年代くらい、今から40年から50年ほど前のモノが多い。
戦争が済んで、やっと世の中が落ち着きを取り戻し、余暇を楽しもうと余裕が生まれた時代。
そんな頃に一気に近場の里山が、手頃なレジャー施設に変っていったんではないか・・・。

 私が生まれた昭和33年は、まさにそんな時代であっただろう。
だが、改めて思うと戦争が済んで、たった13年しかたっていない。
質感としては、13年という時の流れは、さして昔の事ではないことに気付き、愕然とする。

 自分が成長する過程で、戦争の爪あとのようなものは、全く感じなかった事も脅威だ。
その現実が戦後、日本が圧倒的な復興力で突き進んでいった証拠の、ひとつのような気がする。

 パワー全開で、あっちこっちの地方に出来た観光施設。
ここ、石巻山の頂上に通じる林道脇にも、宿泊施設やみやげもの屋の残骸がある。
朽ちて壊れかかった建物だ。
大勢の人が集まったであろう、と予測がつく。
束の間の休みを楽しもうと、当時の人達がこぞって、ここへ遊びに来たんだと思うと感慨深い。

 消えかかった文字の汚れた看板を見ていると、その頃のざわめきが聞えるようだ。
たぶん、ここへ遊びに来ていた人達は、せいぜい半径20キロ以内の居住の人々では、なかったか!?
移動手段はバスや電車だ。
それらを乗り継ぎ、意気揚々と見物に訪れたんだろう・・・。

 しかし、その賑わいも昭和40年を過ぎようとした頃、衰退していく運命だった。
原因は急ピッチで建設された高速道路と自家用車の普及だ。

 何かの本で読んだ。
高速道路が初めて東京大阪間を結んだ時代。
東京人が車で大阪へ行って来たと人に話すと、迷わなくてよく行けたねぇ、と驚かれた時代。
一旦、専用道路に入りさえすれば、そのまま直通で県外の目的地周辺まで行ける、夢の道路だった。

 その頃から、きっと人々の日常の行動範囲の距離が、グッと伸びていったんだと思う。
その影には、人々が消えていき、さびれて行く一方の里山の観光施設が取り残された。
世の中が活気に満ち溢れた昭和40年から50年代。
新しい製品、産業が次々生まれ、仕事は沢山あり、みんな忙しく張り切って上を向いていた時代。

 平成の今、100年に一度と言われる大不況が始まった。
ここ世界のトヨタを抱える愛知も例外ではない。
トヨタを頂点に、おびただしい数の企業、会社から、下請けの小さな事業所、内職のオバサンまでまで、全て大打撃である。

 近辺でも残業ゼロ、週休3日になった、自宅待機だ、と厳しい声が聞える。
もちろん、周り廻って夫の仕事の行方も、怪しい雰囲気だ。
コトによっては、自分のパン屋開業どころではないだろう・・・・・・・。

 でも、いつも思うのだ。
今、仕事で接しているお年寄りの人達。
戦争の中を生き延びて来た人達だ。

 実の姉が終戦間近、中国で赤ちゃんと自害した、と涙ながらに話したお婆さん。
女6人男1人の7人兄弟で、たった1人の兄を戦争で亡くされ、両親と共に号泣したという、お婆さん。
・・・・・・『死』 が全く日常茶飯だった時代が確かに存在した。
それを思うと、不況不況って騒いでも、たいして心配はしていない自分が居る。
究極的には 『命』 以外の問題なら、何とでもなる気がするのだ。




 最近、なぜ古いモノに魅かれるのか、ひとつ答えを見つけた。
文句なく、励まされるからだ。
永い時の流れの中で、結局、自分の遭遇してきたような事と同じような類の事は、きっとあった。
そう思う事が、時々重いと感じる背中の荷物を、どれだけ軽くしてくれる事か!

 ・・・・・・のんびり歩いて大知波峠まで来た。
浜名湖を見下ろしながら、そんなことを考え、桜の匂いのする空気を深く吸い込んだ。
私にとって今、最も気になるのは、今朝作ったお握りの塩加減の按配だけなのだ。




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