プロフィール

あやこ3

Author:あやこ3
 やたら元気な50代
ノーテンキな夫と二人暮らし。
結婚してウチを出た長女と長男と次男あり。


FC2カウンター


最近の記事


最近のコメント


最近のトラックバック


月別アーカイブ


カテゴリー


ブロとも申請フォーム


ブログ内検索

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

NOと思ったらNO!


 今日、免許証の書き換えに行った。
カウンターの窓口で、手数料3250円ですと言われ、払おうとサイフを拡げたら続けて言われる。
「スミマセンが、交通安全の協力金600円も、お願い出来ないでしょうか?」
ヘッ!協力金?何それ?・・・・・・。

 よく分らないお金は出したくない!
カウンターの向こうでは、何人かの警察官の方が仕事をしているので、このやり取りは筒抜けだ。
「・・・・・・いいです」 (←否定するニュアンスを含ませた方の「いいです」)
一瞬間をおいて「では次回、またお願いします」と、あっさり引き下がった窓口のオバサン。

 思い出した!前回の更新時も請求され、何となく言われるまま支払ってしまった。
後で、その見返りに新しい免許証入れを貰ったけど、それまで使っていた免許証入れは、全く傷んでなかったので、ナンか割り切れない思いがしたんだ。
そもそも、その協力金ってなんだ?とやっぱり腑に落ちない思いをした記憶が甦った。

 次々に更新手続きの人達がやって来たが、協力金って言われるとみんな素直に出していた。
この人達は、協力金って何か分っているのか???
出さなければいけない空気を感じ取って出しているんでは?とも思われる。

 で、手数料、3250円の内訳は更新手数料2550円、講習手数料700円。
講習っていっても、特に講師がいて皆で聞くってワケではなく、受付前のロビーのTVを見てて下さい、で終わり。
TVは、ケース別の交通事故の原因と対策のビデオが流しっぱなしである。

 見ながら、手続きの書類やら、視力検査やら、写真を撮ったりとチョコチョコ呼び出される。
とても腰を据えて見るというものではない。
なのに、700円????

 警察側も、市民であるこちら側も 『形』 だけって納得している。
なんか、割り切れないけど、突っ込むほど、こちらは暇ではない。
とりあえず、良く分らない協力金を断れた事でヨシとしよう・・・・・・。

 最近つくづく自分の好きなところ、と思うのがココだ。
嫌なことは嫌だって、ちゃんと言える!
人に好かれようとか、いい人に思われたい、とかいう気持ちが、ほとんど無くなって来た。
私は私だ!
等身大で過ごす自由さとストレスフリーの気楽さに気が付いてから、他人の評価は無意味なのだ。



スポンサーサイト

『山彩る』を追いかけて

八千穂高原自然園と美しの森      長野県
天狗棚    1240m  愛知県

 昨日の雨もすっかり上がり、朝から秋晴れの爽やかなお天気となった休日。
このところ、仕事も忙しかったが、夫の持病の腰痛も出ていたので、なかなか山歩きはご無沙汰であった。
痛みもだいぶ収まり先週、久しぶりに八ヶ岳の麓の『八千穂高原自然園』と『美し森』の散策に出かけた。
ともに地図で発見してから、ずっと訪ねてみたかった場所だ。

  標高1500m前後である。
紅葉が始まったところで、八千穂高原自然園の白樺林の紅葉は、 それはそれは素晴らしかった。
わずかだが入場料が要るのだが、それだけに適度に整備管理され小綺麗で静かな自然散策が出来た。

 静寂の中、ところどころ紅葉の美しさに目を見張りながら、立ち止まる。
心が、ゆったり穏やかになるひとときである。
こんなに良いところを今まで知らなかったことが、ひどく悔やまれた。
この近辺は昔、子供たちとも何度か来ているのに、連れて来ることが出来なかった事が残念であった。 


        09-10-10_10-00 八千穂
                  八千穂高原自然園

                       09-10-10_10-40八千穂自然園遊亀湖
                                   自然園内にある遊亀湖


 美し森は雑木林が続く森だ。
駐車場から歩いて15分ほどの展望台からは、南アルプスや清里高原などの大パノラマ・・・と期待したが、遠くはガスが掛かっていて良く見えなかった。 

 ところで、問題の夫の腰痛、年も年だし何か背後に他の病気が隠れていても・・・ということで、痛みが来るといつも通っている、鍼やマッサージ中心の医院ではなく、病院で詳しく診て貰うことにした。
触診、レントゲン、なぜか検便、そしてMRIと検査は続いた。
結果、特に何処も悪くはない、強いて言えば老化(笑)とドクターに言われる。

 それでも、もう一押し!と言うことで、定期で大学病院から腰痛専門のドクター(←最近はそんな専門があるのか?じゃ、腹痛とか頭痛とかのジャンルもあるのか!?)がみえる日があるので再度、診て貰うことになった。

 夫の身体を触診をした腰痛専門ドクターは言った。
「肩甲骨の下の筋肉が両方とも、カチカチに張っている。
それをカバーする為に、腰周りの筋肉が無理をしているのが腰痛の原因と思われる。
要するに腰が、慢性の筋肉痛を起こしている状態」

 そうか、そうだったんだ!
取り合えず、原因が判ったので対策が取れる。

 続けてドクターのアドバイス。
「肩甲骨の下の筋肉は普段なかなか動かさないから、故意に動かしてほぐすと良い。
それには水泳!平泳ぎでも、クロールでも良いから定期的に泳ぐと良い」
「後は、お尻の筋肉が少なくなってきているので、沢山歩いて下さい」とのこと。

 夫と、約束する。
これからは、お天気が悪い時はプールだと。
歩きなさい!のアドバイスには、もっと山歩きに拍車をかければいいのだ!

 そんなわけで、やっぱり今週の休日も山歩きに行こう、という話になった。
行ける範囲での、のんびり無理ない山歩きをと思案。
もちろん紅葉前線を踏まえて、今は標高1000m前後がいい。
結果、ブナの原生林がある天狗棚と決定!

自宅(9:30)→ 登山口 面の木駐車場(11:40)→天狗棚展望台 お弁当休憩(12:15~13:30)→面の木駐車場(13:50)

                09-10-18_12-26天狗棚展望台
                          天狗棚展望台より

  やはり、紅葉は始まったばかりである。
それでも、たぶんツツジだと思うが、1本真っ赤になっていた。

 周囲の山々も緑の中にポツポツと赤が見える。
ブナも黄緑色から黄色になりかかっている。
カエデ類は黄色やオレンジのグラデーションが陽に当たり、キラキラと輝くような美しさである。
毎年、毎年この季節の木々の艶やかさには、胸がいっぱいになる。

 年とともに、モノへの執着は薄れていくが 『観る贅沢』 には貪欲になっている気がする・・・・・・。


そろそろハーフタイム?!


 この春から少しずつ、仕事の合間をみて石窯2号を作っている夫。
初夏の頃までは、かなりハイスピードだったが、ここへ来て仕事が忙しくなったのと持病の腰痛が出てしまい、作業は遅々として進まず。
特に急ぐわけではないので、のんびり見守っている(←ホントは手伝いたいが、私が超不器用なのを知っているので、勝手に触ると怒るのだ)

 先週、いつものように日曜礼拝へ、二人で行った。
私が通っている教会は日曜礼拝が2部あり、いつも早い方のに出席している。
夫はクリスチャンではないが、いつの間にか、ちゃっかりついて来るようになった。
教会自体は、誰が来てもウェルカムなので何食わぬ顔で、普通に座っているのだ。

 その日に、DVDを観た。
著名な人同士の対談番組である。
中の内容で、そうか!っと感心したことがあった。

 出演しているお爺さんが話の中で、対談相手のオジサンに、こう言った。
「よく人生がマラソンに例えられ、定年など大きな節目は、その折り返し地点だと言われる。
だが私はマラソンというより、サッカーの前半、後半に例えた方がシックリいくと思う。
 つまり、60までは前半戦、60過ぎは後半戦、その少しの間に、ハーフタイムがある。
そのハーフタイムで後半をどう戦うか、ポジションを変えたり、メンバーを変えたりと色々作戦を練る。
そして後半、実行する!そんなつもりで人生も考えた方がいいと思う」

 画面の中のお爺さん、聖路加国際病院の名誉院長、日野原重明先生。
ご本人、すでに94才。
自らの人生で実証するように、後半戦の人生も見事である。

 いざとなったら病院内ロビーから礼拝堂から、直ぐに病室に様変わりしてしまう設備を常備した病院を建ててしまった。
当初は贅沢だ!と周囲から散々叩かれたと言う。
が、非常時に全ての患者を診られる病院を作る!というハーフタイムで決心した後半の作戦のひとつだったのだ。
戦時中、手当てすら受けられずに野ざらしで亡くなった人々を、大勢見てきた原体験がきっかけだ。

 後に地下鉄サリン事件の時、何百人という被害者が運ばれたのが、この聖路加国際病院であった。
いや運ばれたというより、ここしか受け入れ体制が取れなかったのだ。
そんな背景が先生にはあるだけに、この話、かなり説得力がある。

 ちなみに対談相手は、教師になりたての若き頃、事故により首から下がマヒという重い障害を背負いながらも口で筆を咥え、多くの人の心を打つ詩画を製作されている星野富弘さん59才である。
60を目前に控えた星野さんに対するエールである。
そうか!ハーフタイムがあるんだな・・・聞きながら、しみじみ納得していた。

 その日、家に帰ってから石窯作業工程のことを聞こうとしたら、染まりやすい54才の夫は言った。
「そろそろハーフタイムだから、仕事をしながら後半戦のことを考えて行きたい!」と。
これまた染まりやすい私も、同じような事をさっきから考えていた。
もちろんDVDの中の先生に比べたら、そんな大掛かりで高尚なことは全く出来ない。
それでも、ささやかながら、そういう恩返し的なことも考えたい。

 ハーフタイムかぁ・・・なんだか、まだまだ後半戦、うんと楽しめそうである。



大昔のカルチャーショック


 夫と結婚した28年前、夫の家の習慣や食べ物など、色々なことが「へぇー!」だった。
中でも夫の家での遭遇が私にとって、お初となった料理が幾つかある。
その幾つかの中で、間違いなく「コレはいける!」って1位に君臨するのがコレコレ!

 ジャーン 『金山寺ナス』 (笑)

           09-10-07_17-39金山寺なす


 お馴染み小麦と大豆の粒の金山寺と生姜、人参、そして嫁に食わすな、と言われている秋茄子!
それらを合体しておそらく、塩、酒、醤油?などの調味料で混ぜる。
まる1日冷蔵庫で寝かせれば食べごろ!

 毎年、金木犀が咲き始めるころ、義母は沢山作って、おすそ分けしてくれる。
作り方が、切って混ぜるだけの手軽さ簡単さ。
レベルとしては箸休めの一品くらいだが、御飯とよく合い、しないけどコレだけで御飯がいただけそうである。

 ほんとにほんとに 美味しい!!!
コレを売り出したら、絶対売れる!って、いつもマジに思うのだ。


         

ときどき「ちひろ」


 近隣の市で、いわさきちひろの童画展をやっている、と夫が教えてくれた。
昔から、ちひろの絵は好きだった。
小さい頃に見かけた、雑誌や絵本に載っていたイラストが、ちひろのものだと大人になってから知った。
その頃から、ずっと好きだった。

 眺めていると、心が浄化されるような素直な絵だ。
パステルカラーの優しく柔らかな子どもの絵は、懐かしさも沸き上がる。
その絵に描かれた、何気ない子どものしぐさも納得出来て、深く感心してしまう。

 だが、17年ほど前に、ちひろの評伝 「つばひろの帽子をかぶって」(飯沢 匡 黒柳徹子著)を読んでから、ちひろの人生が苦難の連続であったことを知った。
その、ふんわりとした優しい素朴な絵が、厳しい生活の中で生み出されたものであった事が、余計に胸を打った。

 本の中で特に感動したのは、亡くなる2年ほど前、当時53才のちひろが思いを込めて書いた文だ。
「つばひろの帽子をかぶって」の最後のページに紹介してある。
今でも、内容を思い出すことが出来る。
その文が、子どもを育てる上での目標の、ひとつのきっかけにもなったので、よく憶えているのだ。

 さっそく、雨の日の休日、美術館へ出かけた。
やはり人気があるようで、早い時間だったにも拘わらず、駐車場はすでに満車に近く、そこへ通じる公道は後から後から、美術館に向う車で賑わっていた。

 ちひろの童画展は、こうして近隣で催されれば、必ず行くようにしている。
長野県安曇野の、ちひろ美術館も何年か前に訪ねたことがある。
時々、ふと眺めたくなる絵なのだ。

 ひととおり、懐かしさに浸りながら周ると、出口のところで、なんと、あの「文」と、ご対面となった。
今回の童画展、やはりこの「文」が万人を感動させるのか、大きなパネルになって展示してあった。

 今、また読み返しても、やっぱり胸に詰まってしまう。
ちひろが、あの絵を生み出すのに、どんな思いですごして来たのか、少し解る気がする。
同時に、今の自分も同じような年齢になり、改めて読むと、実感として身につまされる思いだ。

特にラストの段落は、心に染み入り 「ホントにそうそう、そうだね!」 と、今でも大きく頷いてしまうのだ・・・。



            『大人になること』      いわさきちひろ

 人はよく若かったときのことを、とくに女の人は娘ざかりの美しかったころのことを何にもましていい時であったように語ります。
けれど私は自分をふりかえってみて、娘時代がよかったとはどうしても思えないのです。
といってなにも私が特別不幸な娘時代を送っていたというわけではありません。

 戦争時代のことは別として、私は一見、しあわせそうな普通の暮らしをしていました。
好きな絵を習ったり、音楽をたのしんだり、スポーツをやったりしてよく遊んでいました。
けれど生活をささえている両親の苦労をさほどわからず、なんでも単純に考え、簡単に処理し、人に失礼しても気付かず、なにごとも付和雷同をしていました。
思えば、なさけなくもあさはかな若き日々でありました。

 ですから、いくら私の好きなももいろの洋服が似あったとしても、リボンのきれいなボンネットの帽子をかわいくかぶれたとしても、そんなころに私はもどりたくはないのです。
ましてあのころの、あんな下手な絵しか描けない自分にもどってしまったとしたら、これはまさに自殺ものです。

 もちろん、いまの私がもうりっぱになってしまっているといっているのではありません。
だけどあのころよりはましになっていると思っています。
そのまだましになったというようになるまで、私は二十年以上も地味な苦労をしたのです。
失敗をかさね、冷や汗をかいて、少しずつ、少しずつわかりかけてきているのです。

 青年老いやすく学成りがたしとか。
老いても学はならないのかもしれません。
でも自分のやりかけた仕事を一歩ずつたゆみなく進んでいくのが、不思議なことだけれどこの世の生き甲斐なのです。
若かったころ、たのしく遊んでいながら、ふと空しさが風のように心をよぎっていくことがありました。
親からちゃんと愛されているのに、親たちの小さな欠点がゆるせなかったこともありました。

 いま私はちょうど逆の立場になって、私の若いときによく似た欠点だらけの息子を愛し、めんどうな夫がたいせつで、半身不随の病気の母にできるだけのことをしたいのです。
これはきっと私が自分の力でこの世をわたっていく大人になったせいだと思うのです。

 大人というものはどんなに苦労が多くても、自分の方から人を愛していける人間になることなんだと思います。
                               (「ひろば」53号 1972年4月 至光社)






 | HOME |  ▲ page top


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。