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あやこ3

Author:あやこ3
 
ノーテンキな夫と二人暮らし。
独立した子供3人あり。


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窯の火ゆらゆら、私のパンもゆらゆら


 このところ、酵母作りを失敗してばかりで、ガックリしていた。
酢酸菌といって、パンを酸っぱくしてしまう菌が酵母に繁殖してしまったのだ。
おかげで、作るパン、作るパン、酸っぱくなってしまう。
もちろん酢酸菌自体は、お酢を作る菌で、人間に何か、悪さをする菌ではない。
家庭内の何処にでも、フワフワしている菌である。

 ただ、培養する過程で、何らかの条件が重なるとパン酵母に、増えすぎてしまうらしい。
コレは要注意だ。
プロのパン屋さんでも、コレに汚染されたパンを、知ってか知らずか売っていることがある。
過去に酸っぱくて、とても食べられたパンじゃないのを、買ってしまった事が2回ほどある。
しかも、別々のパン屋さんである

 もちろん、酵母は何度も作り直した。
同時に原因究明の為、様々な本やネットを調べ、作り方も幾つか試した。
が、天然酵母自体、まだ未知なるものらしく、原因は『コレらしい』としか判らない。
その『コレらしい』も幾つかあり、シラミつぶしのように当たってみた。

 それでも、改善出来なく、最後の切り札。
ヨーグルトで起こした。
ヨーグルト自体、乳酸菌の塊なので酢酸菌に強いのでは?と素人考えである。
読みは当たった。
やはり、酸っぱくないパンが出来た。

 ひとまず、安心。
だが、コレとて原因が判ったワケではない。
商品として考えた場合、酵母が不出来なら、全てのパンが出来損ないになってしまうのだ。
なんだか、振り出しに戻ってしまったみたいで、かなり落ち込む。

 ・・・・・が、ここからが私のノーテンキなところだ。
最近読んだ、一躍、時の人となった、あの『奇跡の林檎』を作った木村さんの本を思い出す。
林檎は、もともと大量の農薬を散布しないと出来ないそうだ。
それを、他人からバカにされ、極貧にもなりながら、何年も何年も、無農薬の林檎を追い続けた記録の本である。

 木村さんに比べれば、全然たいした事じゃないじゃないか!
道は幾らでもある。
七転び八起きである。
・・・と自分を鼓舞して、また歩くのだ。

 石窯も、まだまだ吸気と排気のバランスが良くない。
こちらも、様々な方法を試し、対処してくれている夫。
一つの条件を、変えるごとに実際焚く。
焚かなければ判らないので、やっぱり休日焚く。

 ゆらゆら揺れる薪の火。
柔らかな薪の火を見ていたら、またガンバルゾ!と闘志が湧いてきたのだ。


             10-02-27_05-49iaikama.jpg






 てっぺんは陽だまり

 七洞岳  (ななほらだけ)     778m  三重県

自宅(7:15)→ 駐車場(10:00)→ 大展望岩(11:40) → 頂上(11:40~12:40)お弁当、昼寝 → 駐車場13:40 → 高速SAでオヤツ(アイスクリーム、あんまん、黒豚まん、たこ棒) → 帰宅(17:15)

 久しぶりに出かけた山。
標高差は470メートル。
最初から、かなりな急登である。
真冬にも拘らず、すぐに汗が出て、上着のフリースを腰に巻く。

 山は、まだ、冬。
辺りはシーンと、静まり返っている。
時折り、聴こえてくるのは、見上げる高さの木々の枝先が強風で煽られ、こすりあう音だけだ。
足元には霜柱。
踏み込む度に、ザックザックと音がする。
薄暗い植林の中を、ひたすら登っていく。

 1時間も登ったところで稜線に出る。
まだまだ、展望は開けない。
途中の分岐の案内で、大展望岩があると示す方向へ、寄り道。
その名の通りの大岩の塊は、南方へ大きく張り出しており、上に立つと眺望が素晴らしい。
延々続く山並みの向こうには、海も見える。

 
              GetAttachment七洞岳 大展望岩



 分岐に戻り、頂上に向かうこと、およそ10分。
山頂も、また大展望岩に強敵するほどの、大パノラマである。
しかも稜線は結構、風が強かったが、ここは気にするほどでもなく、暖かな日差しが降り注いでいる。
暦の上での春を、実感出来るようだ。
柔らかな陽だまりの中、お弁当をいただく。

 今回、久しぶりなので足が、かなり疲れた。
このところ石窯の調整で、なかなか山登りの時間が取れなかった。
それでも、ガイドブックの標準時間で登ってこられたのに、ホッとした。
やはり、体力の衰えは気になるのだ。
出来るだけ、山に登れる体力は、ずっと維持していきたいものだ。

 それにしても、やっぱり山はいいなぁー、と素直に思う。
山に来ると、普段の日常のやり取りが、全く異次元の世界の出来事に感じる。
煩わしい事や心配な事は日々あるし、もちろん楽しく嬉しい事も日々ある。
だが、登って降りるうちに、それら皆ひっくるめてリセットするかのように、新たな気持ちになれる。
登りは確かに苦しいけれど、やはり頑張って登ったかいはあるんだ、と再確認するのだ。







お年寄りは子供じゃない!


 今日、勤めているデイサービスに市から、見学だか視察だか、目的がイマイチ良く分らない人達が訪れた。
いやに、お年寄りに馴れ馴れしいオジサン1名とオバサン2名である。

 不快に思ったのが、その2名のうちの1名のオバサンの態度。
のっけから、お年寄りに対して、幼児に接するような口ぶりで、話しかけているのだ。
おまけにタメグチである。

 「ワーァ!それ、やるんだね!」だの「いつまでも、元気でいてね!」だの、失礼極まりない。
介護施設に通っていても、長い年月、人生の山越え谷越えしてみえた方達である。
みかけは不自由でも、子供ではない!
りっぱな大人だ。
明らかに、そのオバサンより目上である。
しかも初対面!

 「そちら、されるんですね」とか「いつまでも、お元気でいらして下さい」と、なぜ言えぬ!
お年寄りに対しての、そういう失礼な接し方は、自覚はないだろうが、している方の品性を下げる。

 結構、意地悪な私はそのオバサンだけ、さりげに椅子を勧めなかったり、無視したりしてカタキを取っていた。





息子のシュウカツ


 「自社で作っている製品が、心底好きじゃないと、誇りがもてないよ」
「名より実だな、親会社より子会社の方が面白そうなら、それもいいんじゃないかね?」
「やってみたい仕事をして、お金が貰えるなら、そんな良いことはない!」

 「税金を使って6年も勉強(国立大学だ!)させて貰ったんだから、社会に役立つモノなり、システムを開発して欲しい」
「内定貰えた会社にこそ縁があったと思って、一旦入ったら与えられた仕事は好きになること!コレ一番の強みになると思う」
・・・・・・などなど母が最近、次男に檄を飛ばしたセリフの数々だ。

 次男、ただ今、就活真っ最中!
世間では、バブル崩壊後よりもっと凄まじい就職氷河期と言われているが、彼は理系である。
技術者は、コンスタントに補充しないと製造業の未来はない。
よって景気がメチャ悪くても、ソコソコ募集はある。
おまけに在籍大学は、諸先輩方の実績高評判のため、推薦枠もかなりある。

 年明けから、地元はじめ今日は大阪、明日は京都、来週は静岡だと、お目当ての会社訪問、及び説明会に忙しい。
自宅では面接の練習で、余念がない。
普段、ボーッとしている次男でも、このところかなり真剣である。

 仕事という命題に対して、否が応でも自分の心と向き合う。
ひとつひとつ、自分の思いや考えを、突き詰める作業が続く。
質問されたら的確に、自分を表現しなくては、ならないからだ。

 どんな分野の技術者になりたいのか?どんな会社が希望か?
その中で自分は何が出来、どのくらい貢献出来るのか?
将来性はあるのか?生活の中で、仕事はどの位の比重でありたいのか?

 おかげで、だんだん自分のいきたい方向が見えてきたと言う。
それでも、幾つかの会社に絞るのは大きな迷いだ。
手っ取り早く推薦でいくなら、近い内に一つに決めないといけない。
枠に入られれば、それで決定。
今のご時世で考えるなら、超安全策だ。

 一般で受けるなら、どこへ行くのかは、天のみぞ知る。
もちろん全て落っこちる事も、ありえる!
挙句の果てに、思ってもみなかった会社に行く羽目に、なるのかもしれない。

 今日もリクルートスーツに身を包み、出かける次男である。
まっ、何処に決まっても働く場が出来る、と言うのは、ありがたいと思う。
母は、そこが一番だと思うよ。
 



身が美しいと書いて躾


 休日、カレーハウスに行った。
待っている間に、何処かのテーブルから元気の良い子供の声がした。
「いただきまーす!」

 小学校低学年っぽい男の子の声だった。
きちんと躾けられているんだなぁー、って感心。
そして親御さんに敬意。

 ふと、思い出した。
30数年前、夫と付き合いだした頃、同じようにやっぱり感心。
レストランで代金を支払う時、夫は必ずお店の人にひとこと。
「ごちそうさま」

 ウチの子達は外で「いただきます」と「ごちそうさま」って、ちゃんと言ってるのかな?




あらら、びっくり!


 昨日は驚いた。
いつものようにディサービスが終わり、利用者(要介護のお婆さん)を自宅に送る為、車に乗り込もうとした。
その時、偶然スーツ姿のオジサン二人組が横を通りかかった。

 その内の一人のオジサン、私を見て「アーッ!!!」って大きな声を出した。
その声にビックリして、私もオジサンを見た。
やっぱり、私も「アーッ!!!」
二人して「アーッ!!!」である。

 なんと、高校時代のクラスメートだった。
でも私は仕事中。
しかも、もうお婆さん達を時間通り、送って行かなければならない。
彼も仕事中?らしく、懐かしかったが数秒だけ挨拶を交わして、そそくさと別れた。

 卒業してから何年か後に、やっぱりその辺の道路を歩いていたら、いきなり見慣れない車が私の真横で止まった。
見ると、彼だった。
「やぁー!懐かしいねぇ、今何してる?」なんて近況報告を簡単にし、直ぐ別れた。
それから全く会っていないので、20数年ぶりだと思う。
懐かしくて嬉しくて、暫らく当時の思い出が、頭の中を行ったり来たりしていた。

 だいぶ前にも中学の同級生に偶然、街で会った。
でも、あだ名しか思い出さなく、呼びかけられなかった苦い思い出がある。
今回も、あだ名が真っ先に浮かんだ。
だが先回と違っていたのは、昨日は向こうが先に私を見つけてくれたので、互いに確認出来、挨拶出来たのだ。

 実は今回の同級生も、とても人前で呼びかけられないあだ名なのだ。
・・・・・・なんと『ケツ』!
私は当時、親しみを込めて「ケッつぁん」と呼んでいた。
ケツにしろ、ケッつぁんにしろ、どちらにしても50すぎの一端の大人に呼びかけるのは不適切である。

 ・・・・・・だが、なんで私の周りは、こんな下らないあだ名ばかりなんだろう?
って言うより、ナンで彼は『ケツ』なんだろう?
今となっては、もう確かめる術はない。
私にとって、彼は永遠に『ケッつぁん』なのだ。

 


 
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