プロフィール

  あやこ3

Author: あやこ3
愛知県在住
1958年生まれ
夫、大学4年の次男と3人家族。
嫁に行った長女、独立した長男あり。


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良い物を長く使いたい!


 3日前のことだった。
掃除をしていたら、いきなり掃除機が止まった。
「あららーん???」と、スイッチのOFFとONを何度も繰り返す。
でも、ウンともスンとも言わない。

 製造年を確認すると92年製・・・。
もう16年使っている!
寿命かなぁーと思いつつ、往生際が悪いが、なじみの電気屋さんに一度診て貰うように、夫に頼む。

 我が家の電化製品は、基本的に同一メーカーのモノだ。
実家が、このメーカーの品質の熱烈なファンで、当然わたしの嫁入り道具も、全てこのメーカーで揃えた。
期待に答え、信じられない位、長持ちしたのを目の当たりにした。

 常時稼動の冷蔵庫はもとより、全てが10年は楽勝の製品ばかりだった。
最長は衣類乾燥機の23年。
次点に電子オーブンレンジの21年が続く。
それに今回の掃除機の16年も、よく健闘したではないか!

 と思っていたら、なんと・・・直った!!!
夫の報告では、電気屋さんに見せたら、切れた時の状況を聞き、あっさり言われた。
「コンセントの中の配線が切れたと思う」
それなら夫は自分でも直せると思い、部品だけ買って持ち帰った。
帰宅後、早速取り替えたら、やっぱりブォーンと動いたと言う。

 おまけに電気屋さん、帰ろうとした夫に「まだまだ、この掃除機は使えるよぉー」だって!
感動である。
こんな良質な電化製品を造れるメーカーと、自店の利益よりお客さんの利益を優先する電気屋のオジサンにである。

 夕飯時、夫と、しみじみ話す。
「良く考えたら、自分が嫁入り道具として持って来た電化製品は、全て入れ替わっているんだねぇ」と私。
「だって、27年も、たってるんだから・・・」と夫。
確かにそうである。
最初に両親が買い揃えてくれた電化製品は、もう全てないんだ、と今更のように感慨深い思いが湧き出る。

 ふと、夫が「コレは、まだまだ大丈夫だから入れ替わらなくてもいいよね!」と言う。
ハテなんだろう?と顔を上げた。
・・・なんと、自分を指差していた。
何だか笑えた。
夫も笑う。
二人で、しばらく意味不明に笑い続けた。

石窯パン物語 2 (酵母成功)


 昨年の事だった。
通っているパン教室で先生から天然酵母をいただいた。
店で使用しているものだ。
自宅に持ち帰り、早速パンを仕込んだ。

 何より驚いたのは、その酵母の力強さ。
酵母が詰まった空き瓶を、開けた途端「プシュッ!」と、ビックリするほど大きな音で炭酸音がした。
あまりの勢いのよさに、プロの技術を垣間見た思いであった。
店では1日2000個も焼く。
それらが間違いなく時間通りに発酵しなければいけないのだ。
100発100中の酵母でなくてはいけない。

 何とか、同じモノが出来ないかと試行錯誤の日々。
ネットで調べ、図書館で調べ、本屋で立ち読み比較検討。
しかし、どれも大雑把で明確な基準がなくアイマイな作り方。
おまけに、ふと気が付いたのは、先生のように旬の作物で作っている天然酵母のパン屋はほとんどいないこと。

大方、レーズンなど作りやすい素材で、しかも年中同じだ。
もっと簡単な店は、市販の天然酵母を使っている。
確かにそれでも良いが、身土不二の考え方からいくと、やはりその時期に地元で取れた作物を身体に入れるのが一番ベストだ。

 でもそれを追求するのは、とんでもなく難しい事なのか、手間暇かかる事なのかと考え込む。
一応、先生が授業の中でサラリと触れた天然酵母の作り方。
疑問点は幾つかあったが、何しろ忙しそうな先生、実習中もやってるパン以外の話は出来ない雰囲気。
仕方なく、判らない所は自分で見当を付け工夫する。
そして実験。

 あーでもない、こーでもないと落胆したり、度重なる失敗ぶりに暫らく手を付けなかったこともある。
しかし、しかしである!
今回やっと先生と同じ具合に作用する、安定した酵母が完成した。
しっかり25度で一次発酵12時間、30度でベンチタイム40分、35度で成型発酵2時間。
温度さえ、ピッタリ合っていれば確実に時間通りで目的の作用をする。
酵母の作物は、取れたての「さくらんぼ!」である。

 初めて自信の自作酵母で焼いたパン。
こねる材料は粉と最低限の砂糖と塩のみでOK.
たった、それだけで味わい深く、それでいて飽きないシンプルさがある。
まさに毎日食べられる食パンである。

 ここまでたどり着くのに、一山越えた思いだ。
目的の山は遥か彼方に見える。
それでも、歩かなければゼロ。
一歩でも歩けば、間違いなく近づく。

 どんな大きな数も「1」が集まって出来ている!
・・・昔、自分で自分を叱咤激励するときに頭をよぎったセリフだ。
まさか、この年になっても、こう思う場面があるとは思わなかった。
一方、大っきな道楽をしているような気もする。


「焼きそば」は任せた!っと


 休日の日暮れ間近、スーパーで夕飯の献立を夫に相談する。
すると夫は思いついたように、いきなり実験がしたいと言う。
なんでも昨夜のTV番組で、目から鱗が落ちたとのこと。

 今までの常識を覆す方法で、パリッパリッに焼ける焼きそばの作り方を実演していたという。
そこで、ぜひ今夜やって見たいとの希望である。
そりゃー結構じゃないか、ぜひ任せよう!
鱗でも何でも落としてくれーぇ!と、ばかりに材料を調達。

  今宵の夕飯メニュー  (担当 夫)
1、パリパリソース焼きそば
2、ポテトサラダ
  (日中、石窯パンを焼くついでに、横にジャガイモを転がしておいた。
   結局、そのまま石窯内に忘れて食べ損ねたので、それを利用したい)
3、アサリのお味噌汁
4、黄瓜のサラダ(切って並べるだけ)
5、朝の残りご飯

  ちなみに夫の料理の腕前。
朝ごはん定食セットの類(お味噌汁、青菜のお浸し、目玉焼きなど)とラーメン、うどんなど能書きを読めば誰でもOKの即席もの、が出来る程度。
特に料理好きとはいえない。
が将来、私が先に天国行きになった場合を想定し、危機管理の一環として、休日の朝ごはんを、たまに担当。
 
 両手にフライ返しを持ちフライパンのなべ底をジッと見る夫。
オッ、気合が入っているゾ!
私はといえば、妙な味付けのものは食べたくないので、さりげにチェックの体勢である。
・・・さぁ、始まった。
油を引き煙が出たら、なんと麺をほぐさず、そのままフライパンに入れる。
ガビーン!と思ったが、ここはジッと任せる。
・・・コレッかぁ?コレなんだ!常識を覆す方法とは!

 両面、玉のまま焦げ目を付けるように焼く。
「それから肉とキャベツを麺の横に置くんだ!」と得意そうに説明する夫。
そのまま、おもむろに麺、肉、キャベツを混ぜだす。
オッと、肉の臭み消しに塩コショウも忘れずに。
暫らく炒めたらソースの登場だ!

 「ねェ・・・。どれ位入れたら、いいかなぁ?」
ソースの分量を尋ねられる。
「普段、食べる料理にかける量を想像して加減すれば?!」と答える。
ついでにふと今、思いついた提案をする。
「和風ダシの素を少し振りかけよう!」と勝手に振りかける私。
定番の水は絶対入れてはいけないそうだ。
麺の表面が水分を含み、ダラダラ焼きそばになる大きな原因とか・・・。

・・・・・・・ およそ10分後。
出来ました!
どれ、お味のほどは・・・一口食べてみる。
「ホントだ!パリパリしていて、美味しい!」感激である。
味付けも辛すぎず、薄すぎず丁度良い!
「すごい!すごい!今日から焼きそばの達人と呼ぼう!」
単なるマグレかもしれないのに大げさである。

 こりゃー、いいや!パクパク食べながら「これからも焼きそばは、よろしく!」と夫に伝える。
すぐさま夫の口から食べかけの麺が咳と一緒に飛び出した。


石楠花(シャクナゲ)滑り込みセーフ

烏帽子岳 (えぼしだけ)   872m   岐阜県

 「うー・・・痛い!」 腿の内側辺りが痛い。
夜になっても、痛みは引かない。
ガイドでは体力度Bランク。
しかし、思いのほか急登が延々続いた。

 石楠花の群生があるとの記事に、ウもスもなくこの山に決定する。
しかし登りが苦しく、すっかり石楠花など頭から吹っ飛ぶ。
息を弾ませ、小休止を何度も取りながら登る。
延々と続く階段を、ふと見上げると視界の上まで続いている。

 これ以上見上げると、ゲンナリするので1mほど前方を見ながら、ひたすらゆっくり上る。
後ろから夫がノーテンキな声で、やれ昨日こうだった、だの、この前のTVがあーだったねぇ、だの話かけてくる。
わたしゃ、それどころではない!
返事をするのさえ、億劫だ。

 暫らくして、わずかな上り傾斜が付いた尾根歩きになる。
それすら、少し辛く感じる。
だが相変わらず 「ホントに気持ちの良い道だねぇ!」 と全く、意に介さない夫である。

 およそ、1時間半を過ぎた頃。
レンゲツツジのオレンジ色の花が目立ってきた。
丁度、みごろで新緑に映えて美しい。
苦しい身が報われるような思いだ。

 シロヤシオやサラサドウダンツツジも見つけた。
沢山はないが、ポツリポツリと登場する。
その度に休憩して、写真を撮ったり眺めたりと楽しむ。
やはり、その季節にしか咲かない花との遭遇は、山登りの大きな醍醐味である。

 時間的にも、もうすぐ頂上だと見当を付けたときだった。
足元に白から薄桃色に変わっていく、漏斗状の花びらが幾つか落ちている。
ハッとして見上げたら石楠花だった。
残念ながら一足遅かったらしく、一塊になった花々は2,3あるだけだ。
だが、遅咲きのそれも、優しく上品で可憐である。

 それまでの疲れが吹っ飛んでしまう瞬間である。
もう、1、2日遅かったら会えなかった。
山で見る石楠花は、なぜこんなに美しいのかと思う。
人間に庇護されることなく、自らのみの力で花開く強さが美しいのか・・・。

 ・・・しかし、足が痛い。
帰路も同じ道を使った。
下りは下りで、重力に乗って落ちようとする身体を止めなくてはいけない。
またもや、苦しい。
やっとの事で車にたどり着いた。

 「ねぇー、今日のコースけっこうキツかったよねぇ」 と夫に同意を求める。
が、涼しい顔して「そうかなぁー?」
・・・・どこまでもタフなオジサンであった。

お初です!群馬県


 GWに百名山のひとつ、赤城山に登った。
予定していた連休の3日間、2日目のみ曇りで、あとは雨に降られる。
それでも自宅を出て暫らく天気は持ち応え、ときどき陽も射していた。
お陰で、いつも楽しみにしている中央道からの眺めは充分堪能出来た。

 高速で恵那山トンネルをくぐり、北に向かうと飯田辺りから、左に中央アルプス、右に南アルプスが見える。
昔から大のお気に入りの景色だ。
遠くを悠然たる3000m級の山々が、車窓越しに流れていくのだ。
圧倒的な迫力である。
木曽駒ヶ岳など白く雪化粧した頭が青い空に映えて、惚れ惚れしてしまう位美しい。
手前に並ぶ、縁取りのような低山は新緑が眩しいほどキラめいている。

 長野道に入る頃には視界に入る山も低くなり青空が大きくなる。
里はヤマブキの黄色や、りんごの木の白い花、山桜の桃色など春らしい彩りで華やかである。
暫らく田園が続く牧歌的な風景を楽しんだ後には、今度は北アルプス雄姿の面々が見える。

 街や住んでいる人間は、時代とともに入れ替わる。
だが、山は悠久なる時を、ずっとあるがままで、そこに在る。
ほんのひと時代だけ係わっている自分。
人の世の儚さに厳粛になる。

 およそ5時間ほど高速を走り続ける。
上信越自動車道の県境を伸びているトンネルの途中に、長野と群馬の境の表示が見えた。
群馬県を訪ねるのは夫婦ともに初めてである。
「群馬、群馬、群馬だよ!」と二人で歓声を上げる。
初めまして、の気分全開だ。

 子供達が小学生になった頃だった。
世界は沢山の国、日本もいくつかの都道府県から成り立っていることを知らせたかった。
地球儀を手に入れた。
トイレに世界地図を張った。
たまに日本地図も登場した。

 当時、家族間で、かなり盛り上がったゲームが世界国名当てゲーム。
その名の通り、白地図で示された国名を当てるという単純なゲーム。
やる気を引き出す為に親である私達が500円ずつ、子供達が10円ずつお小遣いを出し合い、合計1030円を優勝賞金にした。

 ビックリ驚いたのは、出した問題50カ国、すべて正解はパパと、なんと当時小学2年だった次男である。
パパはさすが!と感心したのも束の間で、解答用紙をしっかり見たら慌てて書いたらしく、ガーナをガナと書いてあった。
文句なく次男の優勝に決定!
1030円の賞金をゲットして得意満面な次男であった。
始まりは、いきなり「10日後にやるよー!」なんて予告してから、さぁー大変!
親も面子があるので必死で憶えた。

 ・・・そんなゲームで都道府県もしっかり憶えたつもりだったが、やはり丸暗記だけでは自分のものにはならない。私自身、未だに関東東北や九州は位置がイマイチ怪しい県がある。

 強いのは、やはり旅行で訪れた場所である。
しっかり、その場でのシチュエーションとともに記憶に刻まれる。
お正月に訪ねた四国だって、もうしっかり4つ正確に当てはめられる。

 今回、群馬も必ず記憶に残るだろう。
群馬の東は漢字で書けるか?栃木!
西は長野、北は新潟、南は埼玉である。

 そんなワケで、お初です群馬県!

「うなぎあたま」ってなんだ?


 今日、嫁に行った娘がウチに来た。
私達夫婦がGWで登ってきた赤城山の、お土産を取りに来たのだ。
予め2種類の品物名を提示してあり、どちらがいいかリクエストを聞いておいた。
夫婦で相談した結果、どちらも捨てがたいので半分ずつ欲しいとの事。

 一つ目の箱はワカサギの甘露煮。
続けて、もうひとつの箱を差し出す。
娘は言った「あれー・・・ウナギアタマは?」

 「ウナギアタマ?・・・何、ソレ?」と私。
「だって、メールでワカサギとウナギアタマってあったから、どんな食べ物なんだろうねぇー、と二人で考えてぜひ、食べてみたいと思って・・・。」
・・・・・・・・・事情が飲み込めた。

 饅頭をウナギアタマと読んでいた娘であった。
確かに似ている。
だが、違う!

 そう言えば、長男が大学1年の時、夕飯時にしきりと会話の中で「ハッキ、ハッキ、ハッキが判るといいよねぇー」なんて言っていた。
しばらく???
そのうち文脈から合点がいった。
簿記の事であった。

 またまた、そう言えば、友達が普通の顔して郵便局で「タメカエ下さい」と言い、さりげに局員に「カワセ(為替)ですね」と訂正された話を思い出した。

 またまたまた、そう言えば介護の仕事を始めた頃の私が、月例会議で熱意あふれる発言をした。
その後リーダーから、なにげに「セイネンゴケンニンとはセイネンコウケンニン(成年後見人)の事ですね」と念押しされた。

東村に思いを寄せて


 桜便りが、あちこちで聞かれる頃だった。
そろそろGWに登る山を決めないと、宿の手配が間に合わない。

 去年、思いつきのように決行した大山(鳥取県)。
寸前に予約の手配になった。
空いている宿が1件しかなく、仕方なくそこにした。
犬も一緒にOK、という触れ込みの宿だった。
犬は好きだ。
だが見も知らない犬とのペンションライフは、イマイチ乗り気がしなかった。

 案の定、キャンキャン吠える小型犬を連れた家族の横での晩ご飯と相成った。
それだけならまだしも、夕食のメニューが、なんと「ナベ!」
そう、あの寒い季節定番のナベ!
なんで、初夏ともいえるGWでナベなんだ!
小型犬が走り回る座敷(ペンションに座敷、というのもヘンだ!)で季節外れのナベを囲んだ時、しみじみ思った。
やっぱり、予約は早めに取ろうと・・・。

 今回はその教訓を活かし、早めに計画を立てる。
常日頃、夫と少しずつ百名山を制覇しようと決めているので、リストを前に相談。
休みの都合で、往復も含めて3日以内で行ける距離の山。
お正月に西へ出かけたので、今度は東が良い。
結果、赤城山(群馬県)に決定。

 あの「赤城の山も今宵限りだ・・・」の赤城山である。
念のため、天候悪化や時間の空きに周れるかもしれない観光スポットも調べる。
ふと、気が付く。
富弘美術館がある東村が群馬県だ!
地図で確認する。
赤城山から20、30キロの距離である。

 星野富弘 S21年生まれ、群馬大学を卒業後、体育教師として中学校に赴任。
わずか2ヵ月後、クラブ活動の指導中、誤って鉄棒から転落。
以後、四肢マヒにより手足の自由を失う。
その後、口に筆をくわえて詩画を描き始め、その作品が全国で感動を呼ぶ。
故郷に自身の詩画が常設されている美術館(富弘美術館)あり。

 約、20年ほど前に手にした星野さんの著書「風の旅」「愛、深き淵より」の深い感動を思い出す。
ページを開くと、心に刻み付けるように自分で引いた線が何本もついている。
その箇所は今でも胸を打つ。

 仲良しだった入院仲間がだんだん状態が良くなり、ずっとその仲間の回復を願っていた筈の彼だったが、自分の心に湧き出た嫉妬心に、苦しんだ時の手記。
・・・周囲のひとが不幸になったとき自分が幸福だと思い、他人が幸福になれば自分が不幸になってしまう。
自分は少しも変わらないのに、幸福になったり不幸になったりしてしまう。
周囲に左右されない本当の幸福はないのだろうか・・・

 また、自分の身体は、もう一生元に戻らないという事実に打ちのめされ、自殺を考えてしまう。
だが、様々な出来事を通して彼は蘇る。
その場面にも線が引いてある。

・・・いつかはわからないが、神様が用意していてくれる、ほんとうの私の死の時まで胸をはって一生懸命生きようと思った。
井上陽水の「人生が二度あれば」という曲が、ときたまラジオから流れてきた。
でも私は人生が二度あればなどと考えるのはよそう。
今の人生を精一杯生きられない者が、二度目の人生など生きられるはずがあるだろうか。・・・
                                        星野富弘著「愛、深き淵」より

 
 何だか赤城山より、星野さんの故郷に行ける!という事が大きな楽しみになってしまった。
訪ねた時に、じっくり感動したいので、もう一度著作を読み直そう!
赤城山、桐生、渡良瀬川そして東村!地図の中の地名が鮮やかに生きてくる。
読みながら、こんなに良い本と巡り会っていたんだ、と改めて感激する。

 

ミツバツツジのアーチをくぐって

鶏冠山(とさかやま)  490.9m  滋賀県大津市

 山あり谷ありの変化あるコース、随所に迫力のビューポイント、ぐるりと周遊可能!
おまけに2ヶ月前に開通した新名神、記念で6月30日まで割引有り。
そこまで聞いたら、絶対行くしかないではないか!
ぜひ、滋賀県まで遠征だ。

 新しい高速道路、当たり前だが山の中を縫うように伸びている。
車窓からの山々の景色が、これまた大きな楽しみである。
所々に目に付くのはミツバツツジのピンクである。
桜のような華やかさはないが、健気に自己主張している。
若葉に混じっても、充分目を引いて綺麗だ。

 たどり着いてみると、なんとこちらの山もミツバツツジのオンパレードである。
意図していなかった事もあり、感激度が大きい。
丁度、満開で登山道脇に、あっちにもこっちにもと登場。
思いがけず、ミツバツツジを見上げて歩く事になる。
偶然、こんなに良い時に来られて、嬉しい気持ちで一杯である。

 新緑も鮮やかな萌黄色でほんとに美しい。
渓流の音に交じって、小鳥のさえずりが聴こえる。
稜線上にある、風化した花崗岩の景観も珍しく、見ごたえがある。

 大きな岩石をロープで登ったり、ウッカリ下を見れば卒倒しそうな箇所を、鉄梯子で渡ったりと確かに変化に富んでいる。
樹林帯も少ないので、登山道での眺望も抜群である。
開放感あふれ、登っていても気持ちが良い。
そのうち頂上付近になり、アッとびっくり!

 なんと、イワカガミの群落ではないか!
・・・イワカガミ、アールヌーボーのテーブルランプのような形をしている。
小さくて可憐なピンクの花である。
それら沢山の株が、あっちにもこっちにも木々の根元で咲いている。
こんなに沢山のイワカガミを一度に見たのは初めてである。
またもや、大感激である。

 頂上に着く。
木々に遮られ眺望は、ほとんど無い。
記念撮影のみして、先を急ぐ。

 暫らく行くと天狗岩という、巨大な岩が出現。
人が数人上がっているのが見える。
自分もよじ登り、おっかなびっくりで上に立つ。
恐ろしい思いをしただけの事はあり、琵琶湖や南、東方面の山々など大迫力の展望である。

 人ごみは苦手なので、もう少し進んだ眺望の良いところでお弁当にする。
時計は12時半を示していた。
登山口スタートから、すでに3時間経過している。
朝4時半に起き、張り切って作ったお弁当。
お腹がペコペコで胸の透く景色を前に、食べるのは本当に贅沢。
贅沢っていう言葉、あんまり今まで使う事なかったが、こういう時に使うんだな、と最近実感。
 
 それにしても、今回のミツバツツジとイワカガミは望外の嬉しさである。
まだまだ、行ってないところ、見たことない景色がいっぱいある。
知らないところ、知らないですごしていた所への憧れで心は次の山へ向かう。

 

※ そうそう今まで沢山、色んな山に行ってるけれど、知っている人には一度も会った事がなかった。
  しかし今回、登山口で隣町に住んでいるイトコに、偶然バッタリ会った。
  お互い、腰を抜かさんばかりに驚いた。


ずっと変わらないよ!


 ないものに気持ちを向けて、ひがんだり愚痴ったりするのは好きじゃない。
持っているものや置かれた環境、状況を感謝し喜びたい。
それを最大限に活かし、味わう事を心がける事。
ずっと前から変わらない自分のポリシー。

 22歳で、お嫁に来た。
それまでも、けっこう楽しく過ごして来た。
だが二人だと、毎日をもっと楽しく過ごせる気がした。
せっかく一緒に暮らすんだから楽しまなければ!と意気込んだ。

 今、その未来に立っている。
やっぱりあの頃の自分の思いは、間違ってなかったと思う。
 
 何かやろうと思っても、一人より二人で計画した方が、確実に実現率が高い。
一人で仕事や作業した場合の成果は、当たり前だが1人分。
だが、二人で協力し、手分けしてやってみる。
二人分の成果が出るかと思いきや、それ以上の成果になる事が多い。

 日常の様々な楽しみも、一人で浸るより二人で浸った方が倍以上の楽しみを感じる。
嬉しい気持ちが確実に増幅する。
沈んだ気持ちも一人だと深刻、二人なら何となく誤魔化されてしまう。

 ずっと一緒に同じ景色を見て来た気がする。
これからも、同じ景色に心動かし、過ごしていくだろう。

 今日、4月25日は27回目の結婚記念日である。
あの日の22歳と25歳の新米夫婦は、今でもノーテンキに楽しくやっている。
ジイサンバーサンになっても、やっぱりノーテンキに楽しくやっていたいと思う。


ブナが待っているよ!

東山動植物園   愛知県名古屋市

 山に行きたいのは山々なんだが・・・なぁんちゃって!
先週の事である。
職場の玄関横の花壇に水をやっていたら、スロープに足を取られバタッと派手に転んだ。

 右斜めに倒れたので右手薬指、右足脛打撲。 右手甲、右足膝小僧擦り傷。
という訳で患部、紫色であきらかに張れていたり、かさぶた状態。

 右手の薬指の痛み、特に強し。
もしかして、折れているかも? ヒビが入ってるかな?
仮にそうでも、添え木をし動かさないようにして自然治癒を待つのみしか、治療方法は無い。
つまり、病院に行ってもレントゲン(放射線)のリスクを受けるだけなので、このまま大人しくする事に決定。

 それでも休日前夜、どの山に行こうかと話を夫に持ち掛ける。
だが、大事を取った方が良いと、あっさり却下。
その代わり、花盛りだから東山植物園に行こう!と提案あり。
単純なので、いいねぇ!と素直に喜び承諾。

 ここは緑豊かな森に囲まれ、とても都会の中にあるとは思えない静けさである。
約60種類近くの小鳥が、飛来や生育してるほど自然豊かでもある。
また、多種多様な植物、木々が植わっている。
子供達が小さい頃は、よく隣り合わせにある動物園へ、遊びに来た。
手が離れたら夫婦で植物園の方へ、と年に1、2回は来ている。

 何より、園内の花、木、鳥など名前がきちんと表示してあるので勉強にもなる。
ぜひ、今回も目に付いたものの名前を確認したい!と張り切る。

 たどり着いてみると、思ったとおり花盛りで、園内パステルカラーが溢れている。
ビックリしたのは石楠花(しゃくなげ)が、もう咲いていた事だ。
ある一角にはバラのように「ウエディングブーケ」だの「真珠姫」だの個別のネーミングを持った種類が見本のように並んで展示されていた。
どれも、華やかで上品である。
 
 また、写真でしか知らないヒトリシズカが、丘の斜面に咲いているのを発見。
名前がステキなので、ずっと見たいと思っていた。
白い楚々とした控えめな花である。
ちなみにフタリシズカという名前の花もある。

 時代の要望か、あちこちに車椅子通行の不可についての看板が新設されていた。
これから順を追って咲くであろうバラやアジサイなども小さな蕾が付いてる。
並木になってる八重桜の花びらが、風に乗って宙に舞う。
その柔らかな空気の中を、歩いてるだけで上機嫌になる。

 花の美しさもさることながら、木々の新緑が、ため息が出るほど美しい。
日の光を通して見上げるとキラキラと輝く。
特にブナ!どんな絵の具の黄緑色も決して敵わないほどの美しい発色である。

 次回の山は絶対ブナが多い山だな!と夫と誓う。
その後は石楠花!
石楠花の群生している山が確かあった筈である。
思いは、やはり山へ山へと向かう。

 季節ごとの変化に沸きあがるような楽しみを感じる。
誰かが素晴しいものは、みんなタダ!ッて言ってたが本当にそうだ。
美しい自然の営みを前にして、しみじみ贅沢な時間を過ごしていると思う。

・・・ ビックリしたり感心したりとノンビリ廻っていたら、いつの間にか陽が傾きかけていた。



 

円の中心

経ヶ峰   819m  三重県

登山口の駐車場から、いつものようにお弁当とお昼寝マットが入ったリュックを背負い、出発。
もはや辺りの桜の花は、ほとんど散りかけ葉っぱの新芽が芽吹いている。
それでも、桜らしい甘い香りは春の陽光にのって漂っている。
耳に飛び込む音は渓流の水音のみ。
穏やかで、ゆったりとした空間の中を歩き始める。

 暫らくするとウグイスの鳴き声がする。
足元には見慣れないスミレ程の大きさの白い花が、転々と林道脇に咲いている。
ぜひ、名前を知りたいのでカメラに納める。

 山に行くようになり、沢山の花、木、鳥の名前を覚えるのが大きな楽しみである。
昨日まで単なる花だったのが、名前で呼べる嬉しさは、新しい友達が出来た時の喜びと似ている。
自分にとって、かけがえのない存在のひとつとなる。

 先週、久しぶりに高校時代の友人から電話があった。
私が毎年送る、年賀状に写っている山でのスナップ写真。
添えられた文面の 「休日は山に行ってるので、いつも留守です」 のコメント。
面白そうだと刺激を受け、つい先日、宮路山(愛知県)に登って来たと言う。
頂上からの眺めには感動した、と興奮して話す。

 ここ経ヶ峰、1時間半ほどかけて登り切った頂上は何と360度、視界を遮るモノがない。
外を向き、グルーッと回転しながら景色を眺める。
霞繋ってはいるが、遥か彼方の山並みまで見える。
下界の小高い山々の谷間にある、寄り添うような集落も点々と見える。
心が、いっぺんで浄化されるような美しい眺めである。

 帰りの尾根道を、鼻歌交じりに愉しげに歩く。
頭上ではヤマガラが木と木の間を飛び交う。
こうして今日も元気に山へ来られた事が嬉しいし感謝と、しみじみ思う。

 今夏に10数年ぶりだが、クラス会の予定があるそうだ。
約30数年前の高校生だった自分。
こうして山登りを楽しんでるなんて、全く想像すらしていなかった。
だからこそ、先のことをアレコレ考え決め付けてはいけない、と謙虚にもなる。
幾つになっても明日は判らない。

 ここはコースも判り易く、難しい場所も無い。
なのに頂上はサイコーの景色が堪能出来る。
今度、会ったら一番に奨めてみよう!登山を始めた友達に・・・。

息子の就活、閉幕。


 およそ、2ヶ月に渡る息子の就職活動が終わった。
受けた会社は、たった2社のみという超ピンポイント戦線はあっけなく撃沈。
これにて、当初の予定通り大学院へ進学である。
2年後、気持ちが変わらなければ再度この会社へ挑戦だ。

 もともと今、技術系はほとんど院卒を中心に採っているので、大卒は結構厳しいとは聞いていた。
だが息子はチャンスは多い方が良いと挑戦する事にした。
運良く熱望した会社のうち、1社は面接までコマが進んだ。

 が、志望内容を訊ねられ、開発をやりたいと言ったまではいいが、その件について面接官から、かなり突っ込まれた質問をされる。
質問自体、専門用語を持ち出されて聞かれたモンだから答えるより先に、その意味が理解出来なく、シドロモドロになってしまったと言う。

 そうした場合、素直に意味が判りません、と自分の無知をさらけ出すか、おおよそ見当を付け、とにもかくにも答えるかである。
彼の場合、咄嗟に後者を選んだ。
すぐさま、マズイ展開になったと後悔する。
たぶん、その答えぶりから、こちらの知識や熱意の足りなさを見透かされと思う、と息子は言う。

 院進学という逃げ道を持ったまま挑んだ試験。
そこで自分の勉強不足、準備不足を思い知らされた。
沈んだ面持ちで、自分が面接官でもこんな学生はいらない、とまで言い落ち込む。

 何日か後に来た不合格メール。
やっぱり、現実は情け容赦ない。
本人はすでに面接後、気持ちを切り替えたようで、サバサバしている。
取り合えず、8月に行われる大学院の入試に向けて全力投球すると言う。

 親としては、経済的にはもちろん、就職してくれた方が助かる。
だが技術者として出発するなら時勢を考え、少しでも有利な肩書きや実績をつけてやりたいとも思う。
院での2年分の学費も、長い目で見れば本人が将来受け取るであろう院卒の生涯賃金から考えても、充分取り戻せる。

 そんな計算もあったので、今回の件は一応ガッカリはしたが、この挫折をバネに、より一層勉学に打ち込んでくれればと思う。
まずは本人がやってみたい!と感じる仕事に携われるように、地道な努力が大切だ。

 小さい頃から子供たちには勉強する事と、する習慣を確実に付けたいと思って来た。
特に中学卒業までに習う事は、どんな職業、役割になっても土台になる。
せっかく、義務教育という恩恵がある国に生まれたんだから、ソレを活かさなくてどうする!という思いも強い。

 特に男の子は永い年月仕事をして、家族を養う役目の可能性が高い。
(場合によっては女性が働き、男性が主夫でもそれはソレで良い)
同じお金を貰うにしても、自分好みの仕事に就いた方が愉しい。
勉強した結果、成績が良いとやれる仕事の可能性が広がるし選択肢も多くなる。

 もちろん職人さんや芸人さんという選択をしても面白いし、応援したい。
どんな職種についても、まず勉強し、する習慣が本人に付いてなければ、たいしてモノにはならない。
どの道のスペシャリストも必ず勉強熱心だし、向上心がある。

 そんなワケで母としては意識的に勉強するように仕向けたフシもある。
勉強って面白い!と思わせようと企んだ事もある。
だがもう息子も大人だ。
当然母は何も言わないし、言うつもりもない。
自分で考え、自分で切り開いていってくれ。

 欲を言えば、息子は保育園から大学まで全て国公立だ。
この上、大学院まで行けば多大な教育費を国(税金)から受けた事になる。
やはり、その学んだ力、知識を何らかの形で社会に還元しなくてはいけない。
その事も自分で気付き、意識して仕事に向かい将来結果を出せれば拍手を送ろう!

 ・・・ まぁ、またこの1年プラス院の2年分、養なってやるから、しっかり勉強するんだゾ!
・・・ヤッホー!

桜三昧

萩太郎山  1358m  愛知県(長野県との県境)

 2008年春、こんなに 「桜の追っかけ」 をする年は初めてである。
2週間ほど前から、この辺りでも咲き出した桜。
勤めている、ディサービスでも束の間のメイン行事が花見に決定。
よって、お天気さえよければ外出となる。
車椅子を車に積み込み、前回はあの公園だったから、今日はここの並木道!とばかりに出没している。

 今日あたり、ソメイヨシノは散り出している木々もある。
が、留めのように今度の金曜日、仕事でシダレ桜の名所に行く予定。
少し遠出をして、お年寄りの遠足にとシャレこむのである。
こんなに見続けていても、行くたびに感激である。
お年寄り達も歓声の連射だ。

 咲ききっても、けっして変色しない薄桃色の花びら。
いっとき満開になったと思ったら、風の流れに乗って雪のように舞っていく。
きっぱりとした潔さを感じる情景である。

 仕事で桜を見続けているのに、やっぱり休日も桜を追う。
そろそろ、雪どけ跡からフキノトウが顔を出す頃である。
去年、見つけた嬉しさが蘇り、もう一度、萩太郎山まで道中の桜を眺めながらドライブとなる。
思ったとおり、あっちにもこっちにも満開の桜だ。

 特に足助の町に入ると、川沿いは見事な桜並木である。
薄桃色の大きな集合体が、ここ一番とばかりの張り切りようである。

 およそ2時間半、堪能しながら走って到着、萩太郎山。
まだ、風冷たく、周囲の桜ももちろん咲いてはいない。
所々の残雪を避けて冷たい微風の中をゆっくり登る。
遠くを眺めれば、南アルプス3000m級の山々が見える。
雪を冠って美しく輝いている。

 目を凝らして足元を捜す。
あった!あった!フキノトウ。
雪解け水の湿った土の中から健気に顔を出している。
1300mの地にも、やっぱり春が来ている。
あと2週間もすれば桜が咲き出し、すっかり春の装いになるだろう。

ご無沙汰してます。


 振込みをしに朝10時頃、郵便局へ向かう。
車を置いて店内へ入ろうとしたら、バッタリ伯母さんと会った。
同じ市内に住んでいるものの、街中で偶然出会ったのは初めてである。
お互い奇遇に驚きながら、挨拶をする。

 二言三言、話していてふと、どうやって此処へ来たのか訊くと、バスに乗ってと言う。
それならば、自宅まで送らせて欲しいと申し出る。
が、「そんなんいいよ。 若い人は忙しいから・・・私はバスで、またノンビリ帰るから」 と遠慮される。
こちらも引かずに 「いいよ、いいよ。私は11時半までに帰ればいいし、あと夕飯の買い物するだけだから」 と具体的に時間的余裕があることを示す。

 続けて 「ねっ!送らせて・・・今、振込みして来るから、ここで2,3分待ってて」 と半ば強引に畳み込む。
伯母さん観念したように 「・・・じゃあ、私も買い物連れて行って!」 と言う。
話は決まった。
伯母さんとスーパーへ行って、その帰りに自宅へ送ることにする。

 伯母さんは今年85才。
私の亡父の、長兄の奥さん。
伯父さんはすでに亡くなり、今はお嫁さんとお孫さんの3人暮らしである。
小さい頃、よく父に連れられ、本家である伯母さん宅へ遊びに行った。
いつ遊びに行っても、満面の笑みで出迎えてくれ、おこずかいも時々貰ったりして大好きな伯母であった。

 中学生になる位から、部活など自分のことで忙しくなり、自然と伯母さんちからも足が遠のいた。
それでも結婚、出産など、慶事の折には必ずお祝いを抱えて、駆けつけてくれた。
この何年かは、親戚のお葬式で会釈をする位である。

 いつも、ニコニコしている伯母さんだが、想像するだけで胸がつぶれそうな思いもしている。
3人いた子供さんのうち、2人はガンで30代と40代で亡くされている。
また、同居の内孫さんを2才の可愛い盛りに、やはり病気で亡くされている。

 この非常で過酷な人生を一生懸命乗り越えてきた、85才である。
ましてや私自身、小さい頃可愛がって貰ったんだ。
ここで車を出さなければ、どこで出すんだ!と、妙なコジ付けで勝手に張り切りきる。

 2人であれこれ近況報告をしながら、スーパーで和やかに買い物。
そのうち伯母さん私に気を遣い、欲しそうなモノを訊き出そうとする。
「伯母さん、むかし私が小さい頃、よく可愛がって貰ったのに、何のお返しもしてない」
「・・・なのに、また何か貰ったら、益々私の借りが増えるから何にもいらない!」 
はっきり、断る。

 伯母さん、またもや私の押しの強さに観念。
「じゃあ、遠慮なくお願いします」 と、ニッコリ。
私もニッコリ。

 しみじみ、ほんとにそうだなぁー、と自分で思わず口にしたことに納得。
して貰うばっかりで、何にもして上げた事ないなぁーと今更ながら、自覚する。
いえいえ、この伯母さんばかりか、して貰ったばかりで、して上げた事ない人、まだ、いっぱい居るわ。

 ・・・なんだか急に、大きな大きな負債を思い出してしまったような気がする。

春らんまん準備OK

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石窯パン物語


 休日の朝、我が家の石窯に3回目の火入れをする。
本日、焼くパンは昨夜仕込んだ林檎酵母のパン。
酵母はパン作りの師匠に、いただいたものだ。

 去年の秋口だった。
前からパンを焼くための石窯が欲しかったが、設置する場所がなく、あきらめていた。
ふと気が付く。
スキーやキャンプ道具の入っている、スチール製の物置を処分すればその場所が空くではないか!
中のモノは子供達が大きくなった今、もう必要ではない。
善は急げとばかりに、さっそく通っているパン教室での石窯作り教室に申し込んだ。

 2日間にわたり、家庭用の小型石窯の中心部分をセメントとレンガで製作する教室だ。
夫と二人で参加する。
先生指導のもと、ほか5組の皆さんと和気あいあいに仕上げる。
使用したセメントが、完全に乾くまで教室に置いておく。

 その後、夫が石窯を据え置く台を、左官仕事よろしく休日にコツコツと作ってくれた。
およそ2ヵ月後の1月の寒い日、いよいよ取りにいく手筈が整った。
なにせ中心部分だけと言っても200キロある。
運ぶのに、最低大人3人は要る。
万全を期して娘夫婦、次男、私達夫婦の5人で石窯を取りに行った。

 皆で力を合わせ、何とか軽トラに載せる。
帰って来たら来たで台に鎮座させる為、アレコレ知恵を出しながら奮闘。
およそ1時間後、なんとか工夫し無事、鎮座成功。
その後も保温力を増す為に、夫がレンガやALC(建築用断熱コンクリート)で外窯を少しずつ製作。
2月の終わり頃、やっと完成。
初めて火を入れた。

 最初から、一揆に温度を上げてはいけないので用心する。
それでも、火を起こし過ぎたのか、前面に少し亀裂が走ってしまった。
火だけ起こしていても、何だかもったいないのでサツマイモを入れる。
たいして、モノのの良いオイモではなかったが、さすが遠赤外線!
スイートポテトのように、甘くてホクホクの焼き芋が出来た。

 2回目は、いよいよパンを焼いた。
加減が判らなくて真っ黒に焦がしてしまった。
それでも貴重なデーターが、また一枚増えた。
3回目、本日の林檎酵母パン、前回の注意を踏まえて、けっこう上手い焼け具合となる。

 ・・・いよいよ、石窯でのパン作りの練習が出来る!
着実にデーターを取り、ベストな焼き具合をいつでも出せるようにしたい。
また経験を積み、美味しい酵母を育てられるようにもなりたい。

 昔からパンを焼くのが好きだった。
ある日、なにげに買った石窯で焼かれた天然酵母のパン。
その味の良さに驚いた。
小麦粉の風味が丸ごと生きているし何より、いくらでもお腹に入ってしまう。
自分でも焼いてみたいと思った。
独学で天然酵母について色々調べてやり出す。

 のめり込んでく内に、いつしかコレを仕事にしてみたい、と思うようになった。
夫に話すと例のノーテンキさで大賛成。
それどころか、ゆくゆくは一緒にやろう!とまで言う。
ジイサン、バアサンのパン屋も、なかなか愉しそうである。

 この4月からパン作りを習い出し3年目。
師匠は、あの10年前に私が心底感動したパンを作られたパン職人である。
夫も私を手伝う為に、この春から仕事の休みを利用し、パン作りの基本を習いに通う。

 一人でコソコソ、コツコツやっていくつもりが、二人三脚で挑戦になりそうだ。
いつか、自信を持って販売出来るモノが出来たら、その時は!と思う。

 夢の実現に向けて、少しずつ進んで行く。


         

山、笑う

鍵掛山   587.8m  愛知県鳳来町

 お目当ての山が近くになるにつれ、道路の両側では梅畑が沢山現れる。
淡いピンク、濃いピンク、クリームかかった白など、それぞれがお行儀良く集団で咲いている。

 「梅の湯」 なんて温泉もある位で、どうやら梅の産地らしい。
あっちこっちに見受けられるので、右やら左やらと向きを変え忙しい。
鮮やかな、黄色の菜の花畑も目に飛び込む。
水仙の群落も見かける。

 登り始めると、登山道の両脇の木々の芽が小さく飛び出している。
頂上が近づいた時だった。
聴こえる!
はっきり立ち止まり耳を澄ます。
ウグイスだ!

 今年 「初」 である。
このところ、ずっと何時、聴こえるのだろう?と楽しみにしていた。
気持ちの上で、やっと春になった気がする。
鳴いた、鳴いたウグイスが鳴いた。

 しかし、ハックショーン!ズルズル・・・。
いよいよ花粉症が本格的に始まった。
・・・そんなワケで残念だが、しばらく山は、お休み。

 いよいよ 「山、笑う」 の季節到来。
症状が少し治まったら必ず来るよ!

 
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